阿部譲二のMのある風景―屈辱の披露パーティ(第一話)
2010/11/14 阿部譲二作
披露パーティ
「それでは皆さん、お揃いのようなので、これから香川照男さん、須藤久美子さんの結婚披露パーティを始めたいと思います。……私は今晩の司会を務めさせて頂く近森小夜子です。……御承知のように、お二人は今日の昼に結婚式を挙げられ、続いて両家の御親族や来賓の方々が出席された披露宴に臨まれました。……ですから、これからのパーティはいわば披露宴の二次会で、お二人の親しい友人たちだけのために特別に企画したものです。」
ここは、都内のとあるビジネスホテルである。地下の会議室を借りきって、30人ほどの若者たちがややカジュアルっぽい服装で詰めかけていた。男性は10人程で圧倒的に女性たちの姿が目立つ。内、カップルは6組、社内結婚のせいもあって出席者の殆どが同じ会社の社員だった。司会役の近森小夜子は昨年結婚したばかりで、所属は異なるが新婦の久美子の同僚であり昔からの親友でもある。それに、二人の縁を事実上取り持ったとのもっぱらの噂だった。
椅子だけを残して、会議用の机はすべて壁際に押しやり、ホテル内のレストランから運ばせた料理と酒類、それに皿やコップ類をその上に置き、各自が好きなものを取るビュッフェ形式となっていた。
「皆さん、新郎新婦はすでに先ほどから皆さんと歓談中なので、正式な御挨拶は後回しさせて頂きますが、幹事の方から今晩のスケジュールについて説明させて下さい」
マイクを通して幹事の近森小夜子の歯切れ良い言葉が響く。
「皆さんからのお祝いの言葉の前に、一つ今晩の目玉イベントが用意してあります。……実は、新婦の久美子さんが以前に交際していた、私の元上司の田中幸夫という男をこのパーティに呼んで、隣の控室に待たしてあります。……御存じの方もあると思いますが、この男は半年ほど前に通勤電車の中で女性に痴漢行為を働き、警察の取り調べを受けたのです。この事件で心を傷つけられた久美子さんは、この男と別れ、以前から熱心に久美子さんへプロポーズしていた香川照男さんと結ばれたのです。」
「質問でーす。……新婦の元彼を、しかも、そんな破廉恥な行為をした男を、このおめでたい席に呼ぶなんて、場違いじゃありませんの?」
と、会場から女性の声。
「そう思われる方が多いと思いますが、実は、この男は結婚寸前だった久美子さんがどうしても諦めきれず、ノイローゼ状態で夜も眠れず一時は自殺も考えたそうです。久美子さんへの思いを断ち切るため、それと彼の一生の思い出に、今晩の初夜で性的奉仕をさせてほしいと直接お二人に訴えたのです。」
「そんな、厚かましい! 元カノが諦めきれないからといって、新婚夫婦の初夜に押し掛けるなんて聞いたことがない。……だいたい、犬や猫ならともかく、新婚夫婦の傍に第三者の居場所なんてありますかね。しかも新婦の元カレ氏が居る場所なんてね。ハハハ……」
今度は男の声。そして、会場にはさざめくような同感を示す笑い声が広がった。
「その通りです。実は、この男は久美子さんの犬になってもいいから、二人のセックスに奉仕したいと言うんです。……フフッ、もちろん四つん這いでね」
司会の近森小夜子が答えると、会場はまたざわめいた。
「きもーい! ……痴漢するだけあって、その男、ど、変態だわ。」
「その男、正気かよ。他の男と恋人がセックスするのを見せつけられて、初めて諦めがつくなんて聞いたことがないぜ。……でも、それが一種の愛想尽かしになるってことかなぁ」
「それって、変態マゾ男じゃないの?……私、SM雑誌で読んだことあるわ。夫婦のセックスに奉仕させられる男の話。結構、面白かったけど……」
会場からは、でんでに思い思いの発言が乱れ飛んだ。
「それで、結論はどうなったの?……二人はOKしたの?……その性的奉仕とやらを」
「実はそうなんです。……ただし二人が条件として突きつけたのが、皆の前で犬に身を落とすこと、何時でも二人の便器になること、最後に、一年間、毎週週末に二人の新居でその性的奉仕を続けることの三つです。」
「二人の便器ですって?……それこそSMの世界だわ!……それで?」
「色々やり取りがあって、結局、その田中幸夫という男はその条件を全部飲むことになりました。……ですから、これからこの男をここへ引き出して犬になるセレモニーを取り行うことにしたのです」
「へーえ、どんなセレモニーかしら?……なんだか面白そう!」
「付け加えますと、この男は実は先週までは、会社で私の直接の上司だったのですが、痴漢行為のせいで降格され、今週から私の部下になることが決まっています」
「すると、自分の下だった小夜子さんの部下に落とされたんですね。……これも屈辱的だわね。……でもこれもそれも全ては身から出た錆ね!」
(続く)
(第一話完)