阿部譲二のMのある風景―屈辱の周辺#4パンティフェチ


パンティフェチ

異性の脚のような身体の一部や、靴やパンティなどの身に付けるものへの執着は、フェティシズム、略してフェチと呼ばれます。私が小説でよく取り上げるのがパンティフェチです。「パンティの罠」(スレイブ通信で「仕掛けられた罠」)や「被虐の青春譜」(マドンナメイト文庫では「屈辱の下着舐め」)がその代表的なものですが、屈辱派の性向としては純粋に'物'だけを対象にするわけではなく、物以外の状況・行動を含めた、例えば'汚れたパンティ'といった状態が加味されるので、精神医学ではパラフィリアと呼ばれる領域のようです。何れにせよ、新品のパンティには魅力を感じなくても、女性が着用している生パンティに惹かれる。そして、その汚れに顔を埋めたり舐めたりする所まではフェチの領域ですが、それを女性に知られたり見られたりして軽蔑されて初めて屈辱を感じ性的に興奮するのがM男性の特徴だと思っています。
因みに、'パンティ'と言う用語が好まれるのは、女性用と特定される語感を秘めているからで、女性間ではショーツと呼ぶことが多いそうです。昔、週刊誌の報道で、「女子寮に闖入した男子寮の学生を撃退するために、女子学生たちが穿いていたパンティを脱いで男子学生の顔に投げつけて応戦した」との記事を読んで心を躍らせたのを思い出します。
 これは私の体験ですが、昔、お付き合いしていたS女さん(といってもS的なプレイを好まれる程度の方)にパンティを買ってくるように命じられたことがあります。彼女自身は店に入らず、通りの向かいで待っているからと、女性客で混雑するカラフルな女性下着店に送りこまれたのです。場違いな私をいぶかしげに応対する女店員にプレゼント用にと言ったところ、ねちねちと好みの色や形を質問してきます。傍で数人の若い女性のグループが聞き耳を立てているのに気付き、一辺に上気してしどろもどろになりました。思い切ってレースのひらひらの付いたピンクのものに決め、プレゼント用にラップしてもらったのですが、店を出た途端、客の女性たちの笑い声が背後で爆発し、いたたまれぬ思いで足を速めました。


 若い頃の体験談をもう一つ。同じ職場で働くガラの悪い派遣の女子社員に自分の穿いているパンティを買わないかとこっそり持ちかけられたことがあります。もっともその頃は「派遣社員」ではなくて下請企業からの「応援さん」で、私好みの豊満なグラマータイプでした。口数が少なく、いわゆるおとなしいタイプだった私は、彼女にとって声を掛けやすい相手だったようです。彼女が私の目の前で身体を折り曲げて靴を履き替える際に、ショートスカートに包まれた彼女のヒップに私の視線が釘付けになっていたのを気付かれていたようです。いや、それも彼女の演技だったようで、私はやすやすとその罠にはまったのでした。つい、つられて頷いた私に、「あんた、もちろん汚れている方が好みやろう」と念を押した彼女は、周りに人気がないのを確かめるとスカートの下に手を入れて「ホラ、サービスやで」と言いながら何度か指先でパンティの上から股間を擦って汚れを布地に移してから脱ぎました。
「さ、直ぐにトイレ行って舐めといで!臭いが消えんうちになぁ……」
言われた金額の紙幣と引き換えにそれをポケットにねじ込んだ私が、そのままトイレに直行したのは言うまでもありません。


 こうした経験が私の小説に反映されていますが、中でも思い出深いのは前述の「被虐の青春譜」です。そのさわりの部分を以下に引用してお別れとします。

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(叔父の建造が経営するポルノショップのために、団地妻のパンティを買い集める青年の物語です)


初対面のぎごちなさもさることながら、オドオドした態度で何とか説明に入ると、彼を見る女の視線に一様に蔑みの色が浮ぶ。
 彼への話し掛けの言葉も、ぞんざいになると同時に、時として、からかう様な調子さえ加わるのだった。
 それは、顔が火照る様な恥ずかしさと、やり場の無い屈辱感を彼にもたらす。
 そして、女に軽蔑される我が身の悲哀を、たっぷり味わされる結果となった。
 清治がその日持ち帰った可成りの量のパンティを、叔父の前にズラッと拡げて見せると、あたりに甘酸っぱい女の異臭が漂う。
 色やデザインもまちまちだが、股間の部分が可成り変色しているものも混っていた。
 叔父の建造は、手際良くそれ等を幾つかの山に選り分けて行く。
 時折、その汚れた部分を鼻に当てゝ、顔をしかめながら念入りに吟味した。
「このてのブツもな、最近は客の好みに合わせて、予じめ分類しておく必要があるのさ。ピンからキリまで区分無しの、ただの使用済みパンティじゃ、いずれ客に飽きられてしまう。……ホラ、これが所謂シミ付き生パンティで匂いも強烈だ。……ソレ、お前も嗅いでみな!」
 建造から手渡されたピンク色のパンティは、股の付根の部分に黄褐色のシミができ、しかも、そこがジットリ湿っている。
 不潔感をこらえて、その部分に顔を寄せると、ムーッと生臭い異臭が鼻を突いた。
 ツンとくるアンモニア臭は、恐らく付着した尿のものだが、それに混って饐えた女の性臭が漂って来る。
 それは腐ったチーズに似て、いつまでも、しつこく清治の嗅覚にまつわりついた。
「男には夢精ってのがあるだろう。……人によって量の多少はあるが、女だって催した時には分秘物が出るもんだ。……それが、未だ乾燥せずに付着しているのが、所謂、シミ付き生パンティさ。……マニアの男は、この臭いだけでなく、その部分を舌で味わって興奮するんだ。その点、これは性経験豊かな中年向きかな。これに適当なヌード写真をつければ、羽が生えたように売れるさ」
 建造は、淡々と解説を続ける。
「若い男がオナる時は、女のあそこを想像するだけで興奮するから、微かな臭いだけでも充分なことが多い。……濃いシミが付いていたり臭いが強烈過ぎると、却って潔癖な男は反発するものだ。……ホラ、これがそのサンプルだ。……お前、嗅いでみな。微かに臭うだろう。……その程度がいゝんだ。よく覚えておけよ」
 建造に言われて、一見新品の様な白いパンティの股間を清治が顔に当てると、甘い性臭が鼻をくすぐる。
「それからな、人に依っては、尿や糞の付いたのも好む物好きがいる。所謂、糞尿愛好者……コプロウロラグニスト略してコプロさ。……そこまでは行かないのが、強度の汚物拝崇者……フェチシスト略してフェチってやつだ。ホラ、これだ。……ちょっと舌で味わってみな。……フフフ、いやがるのも無理ねえが、これも商売だ。すぐ慣れるぜ。……そう、そうだ。……どうだ、オツな味だろう」
 建造に言われるまゝに目をつぶってその部分を口に含むと、ピリッと苦い酸味が舌を刺す。
「最後に、こゝには無いが、女の生理の汚れの付いたもの。……これは説明不用だが、その他に変ったもので、所謂、ミックスジュース付きってやつがある。これも中年の好事家には高く売れるんだ。……ソラ、女が男とセックスをした後、パンティであとを拭うことがあるだろう。……男のザーメンと女のラブジュースがミックスしたのがベッタリ付いたやつさ」
 建造は口元に薄笑いを浮べる。
「ヘエー、そんなものを、一体どうするんだろう?」
 清治は不審気である。
「そりゃー、嗅いだりねぶったりしながら、あの時の情景を想像して楽しむのさ。……でもな、幅広く色々なパンティを集めようと思ったら、予め注文を出しておくんだな」
「注文って?……」
「判るだろう。こうこういった汚し方をしてくれって、前もって頼んでおくのさ。……ソラ、飲みに行ってバーで女の子を指名する様に、汚れ方を指定するってわけだ。……その代り多分指名料みたいに、余分に代金をはずむ必要があるだろうな」
「余分に払うのはいゝけど、汚れ方を指定するのは恥ずかしいな。……それに、まさか初対面の女の人の前で、パンティを嗅ぐわけにもいかないしさ」
 清治は、半ば当惑気味である。
「そんなことじゃ、この商売はやって行けないぞ。……まあ、生まれ変ったつもりで、頭を切り換えるんだな。その内、時間が経てば自然に慣れるし、どんどん金が儲かる様にでもなれば、はげみも出るもんさ」
 建造は、突き放す様に言った。


(完)