阿部譲二のMのある風景―ブラジルの奇妙な実話


―妻とその愛人に13年間監禁された男(週刊誌の掲載内容より)―


「事実は小説より奇なり」とは言うけれど、こんな話がまだ世の中にはあったのである。
 事件があったのはブラジル北東部リオグランデ・ド・ノルテ州の小さな田舎町。42歳の男性が妻とその愛人に小部屋に13年も監禁されていたというのである。
 <13年間、自由を奪われて監禁――「最初のうちは泣いていた。悔しくて、苦しくて、死んでしまいたいとも思ったさ。でも、それもそのうち慣れてしまった」>
2月27日付のブラジルの有力紙「コイレオ・ブラジレンセ」はこの"奇妙な"事件を社会面のトップでこう大きく報じている。
「事件のあった北東部というのは通称"ノルデステ"と呼ばれる大変な田舎です。半分以上の人は読み書き出来ないし、現金をほとんど必要としない自給自足の生活をしている。夏は干ばつに悩まされ、貧しさから少女売春も横行していて、ユニセフが問題視したこともあります。この地域には、日本の常識では考えられないことが結構あるんですよ」
 と、さるブラジル事情通は説明してくれるが、まずはその事の顛末を関係者等の話から再現してみよう。


 農夫マリアノ・ジョゼ・ダシルバはリオグランデ・ド・ノルテ州の中心部から350キロほど離れたエンカントという人口4,800人の小さな村で生まれ育った。学校には行ったことはない。20歳の頃、同じ村に住む同い年のアントニアに恋をして結婚、次々に3人の子供をもうけ、質素ながらも幸せな日々を送っていた。
 が、それも10年と続かなかった。
「おまえの女房のアントニアは隣の農場の牧童ジョアンと浮気しているぞ」
 と友達から忠告されたのだ。
 しかし、マリアノは信じようとはしなかった。
「ジョアンはよく家へ遊びに来る仲間なんだ。そんなことあるわけないよ」
 1982年の或る夜、マリアノはいつものように猟銃を持ち、狩りに出かけた。アルマジロを捕まえるためである。
「俺はアルマジロを捕まえるのが大好き。こいつの肉は最高にうまい」
 マリアノはよく自慢げにそう話していたそうである。
 翌朝、狩りから戻ったその時、マリアノの"悲劇"は始まった。
 彼がそこで見たものは、自分たち夫婦のベッドで横たわる妻と牧童のあられもない姿だった。こんなことはアルマジロ!
「オーッ、神よ!」
 そう叫ぶや、彼は卒倒してしまったのである。
 それに気づいた妻とその愛人の牧童は、慌ててマリアノを精神病院に運び込んだ。それから22日間、彼は病院暮らしを余儀なくされたのである。
 その後、退院してきた彼を待ち受けていたのは、とんでもない仕打ちだった。
 妻と愛人の他に、妻の弟と姑を加えた4人が家の中に小部屋をもうけ、マリアノを閉じ込める準備をしていたのである。
 後に彼は回想して、こう語っている。
「殺されると思って、抵抗しなかったよ。4対1では勝ち目は無い。何かしようものなら、彼らは俺を殺そうとしたさ」
 こうしてマリアノは13年もの間、長さ2.5メートル、幅1.5メートルの小部屋での監禁生活に入るのである。
 部屋に窓は無かった。壁の下に開けられた隣の部屋に通じる水や食事を差し入れたりする小さな"穴"が彼と世の中との唯一の接点となった。
 あるのは、粗末なベッドに椅子、それにトイレと洗面台、歯ブラシ、歯磨きチューブ。片足は鎖に繋がれていた。しかも最初は交代で見張りもついていた。
 洗面台には洗濯用の深めの流しが付いていて、入浴はできないものの身体を濡らしたり拭いたりすることはできた。
 閉じ込められた部屋の中で彼の日課となったのは、穴から投げ込まれる家族の汚れものの洗濯だった。
 毎日、居間兼寝室の隣の部屋から、壁越しに妻と愛人の笑い声が響き、時々、愛人は妻と一緒になって壁越しに彼を罵倒したりからかったりした。
 晩になって夕食が終ると家族の食べ残した残飯が、犬用の容器に盛られて穴から差し入れられた。
 そして、就寝時になって妻と愛人がベッドに入ると、二人の愛の営みの音が、そして妻のよがり声が嫌でも彼の耳に入った。
妻は子供たちが父親に会えないようにと部屋のドアに板を打ち付けた。最初のうちこそ、父親に会いたがった子供たちも、いつしか父親を憎むようにさえなってしまった。
 マリアノは最初の何年かは泣き明かしたが、彼もいつしか「これが自分の人生なのだ」と思い込むようになってしまったという。
 そのうち、夜になると、マリアノは妻に"穴"から首を出して抱き合う二人を見るように言われた。穴に首を入れると顔が肩口まで隣の部屋に入る。だが、それ以上は胸が支えそれに片足に付けられた鎖が一杯に引かれて穴を抜けることは出来ない。
 二人はマリアノに見られていることで一層興奮が高まるようだった。
 ある日、二人の営みが終わった後、妻が穴から首を出しているマリアノに近づき、いきなり顔に跨って股間を押し当て、二人の蜜を吸い舐め清めるように強制した。
 二人の愛の汁を音を立てて吸うマリアノを、二人は声を立てて笑い物にした。
「それは、涙が出るほど悔しかったさ。でも、以前に妻と抱き合った自分の愛の営みを思い出して、思わず興奮してしまった」
しばらくすると、妻は行為の前にも彼の顔に跨り、気分を出すために舐めるよう命じた。
「昔だって妻を舌で喜ばせたことはあったが、彼女はちゃんとシャワーを浴びていてシャンプーの匂いがしたものだ。だが、今度は汚れたままでひどい臭いがした。妻は俺の舌をシャワー代りに使ったんだ。それに、尻の穴まで舐めるように言われて抵抗したら、窒息しそうになったので仕方なく言う通りにしたさ」
ある日、屈辱に耐えられなくなった彼は、髭剃り用のカミソリで自殺をはかったが失敗。大騒ぎにはなったものの何とか一命を取りとめた。
「俺は死にたかっただけだ。こんな生活を早く終わらせたかったんだ。でも彼らは死なせてくれなかった」
 こうなると、もうほとんど"蛇の生殺し"状態。
 それでも毎年10月16日の彼の誕生日には、妻は鶏の丸焼きを差し入れてくれたというから、女心というのはよくわからない。でも、その晩はデザート代りにと言われて、決まって妻に跨られ二人の股間の蜜をたっぷり飲まされた。
 それでは、13年もの間、他の村人たちはこの監禁にどうして気が付かなかったのか?
 妻と愛人は、
「彼は妻の浮気で頭がおかしくなり、暴力を振るうので小部屋に隔離してある」
 と村人に説明、彼らもそう信じ込まされていたのである。
 しかし、彼の神への祈りが通じたのか、ブラジリアに住む二人の従兄弟が19年ぶりにエンカントに訪ねてきた。二人はマリアノの居場所を村人に尋ねるものの、村人たちは口を揃えて知らぬという。しかも妻の弟には脅かされる始末。「これは何かある」と睨んだ従兄弟は隙を見て、監禁部屋に突入したのだった。
 こうして警察もようやく腰を上げ、農夫マリアノは救出され、13年ぶりに太陽の下に立ったのである。29歳で監禁されたマリアノは42歳になっていた。


 解放されたマリアノは、現在、妻と離婚調停中で、
「妻はひどいことをしたが、俺はまだ彼女を愛している。彼女には幸せになってほしい。ただ、彼女は彼女の、俺は俺の人生を送るだけさ。誰も恨んでいないし、訴えるつもりもない。もし、子供たちが望むならば一緒に暮らしてもいい」
 あの悪夢の月日を忘れ去ったかのように言う。
 それにしても、彼の"空白"の13年間の代償は大きかった。知っている有名人の名前は13年前で止まり、機械からコーヒーが出てきたことに驚き、通貨単位が変わったことに困惑している。
 現在ブラジリアに引っ越したマリアノは、13年もの間、太陽を見なかったせいで、日差しが強い日は目が痛むともいう。
 今、彼が計画しているのはラジカセとテレビを買うこと。そしてパーティを開くこと。
 一方の妻と愛人の方だが、監禁罪現行犯として拘留されることもなく、エンカントで二人仲良く暮らしているという。
 最後の最後まで信じがたい話しである。