050a#50転落の同窓会(前編)……Fall by Reunion
                 阿部譲二作

M商事の営業課長にK女子高からのクラス会の案内が届く。案内を持参した部下の女の顔に昔の憧れだった同級生の面影を見出だし、聞くと彼女の妹だった。当時貧しかった男は奨学金につられて女子高に入学。女の中のたった一人の男として注目され様々な虐めに会う。皆に痰唾や小水を飲まされた思い出の漏斗が妹に渡り、彼は再び女達の奴隷に落ちる。

課長さん、おかしな手紙が来ているんですけど……」
 課長席に近付きながら、少し遠慮気味に声を掛けたの
は、庶務担当の山脇和子だった。
 課宛のメールを仕分けて皆に配るのは、彼女の仕事の
ひとつである。
「おかしな手紙だって?」
 課長の長瀬英夫は書類の山から顔を上げ、視点が定ま
らぬまゝに、おうむ返しに応じた。
 三十歳の若さで、このM商事の業務課長の椅子を射止
めただけあって、仕事となると他のことは全て忘れて没
頭するるタイプである。
「それが、長瀬英夫様宛になっている同窓会の通知なん
ですけど……」
 丸顔で、笑うと八重歯がこぼれる和子は、一寸首をか
しげながら、一通の封書を差出した。
「ホラ、学校の名前が、K女子高等学校となっているで
しょう。……長瀬課長が、まさか女子高校の卒業生であ
る筈はないし……」
「アッ、それ、僕宛に間違いないよ。……昔、そこで…
…事務のアルバイトをしていたことがあるんだ」
 何故か、長瀬の顔が微かに紅潮する。
「ヘー、こゝは、アルバイトをしていた男の人にまで、
同窓会の案内を出すんですか?」
 不審げにつぶやく和子。
 長瀬英夫を見る黒目勝な大きな瞳が、ゾクッとする程
魅力的だった。
「イヤ……そ、その時……職員の人と随分親しくなった
もんだから、同窓会の機会に皆で集まることになったん
だ。……その高校は、実は私立でね。……僕は、そこの
経営者の人にも気に入られてね……」
 長瀬の舌はいささかもつれ気味である。
「知ってます。……実は、こゝ、私の姉さんが行ってい
た高校ですもの。……姉はもう結婚してますけど、課長
さんと同じ位の年ですのよ」
 日本人にしては濃いめの眉と長いまつげが、山脇和子
の顔だちに、どこか、エキゾチックな雰囲気を漂わせて
いる。
そうだ!……ウーム、似てる!……ひょっとしたら
 長瀬英夫は、思わず心の中で呻いた。
どうして、俺としたことが、今の今まで気が付かなか
ったのだろうか?
 長瀬の脳裏には、高校時代の、あのいまわしい記憶が
鮮かに蘇っていた。
「もしかしたら……君の姉さんの名前は、山脇裕子……
と言わなかったかね」
 ためらいながら問い掛ける長瀬の顔を、真っ直ぐに見
詰める和子の表情が、パッと輝いた。
「そうです!……課長さん、私の姉を御存じだったんで
すの?」
 彼女の口調に急に親しみが篭る。
やっぱりそうか!……でも、この女の姉が、あの山脇
裕子だったとはナ=@               
 長瀬は暫し感無量だった。
 和子が机の上に置いていったK女子高校の同窓会通知
の封を切って拡げ、ジーッと見詰める長瀬英夫の脳裏に
は、十五年前の記憶が鮮かに蘇って来る。
 その頃、地方の中学を卒業した彼は、遠い親戚の造り
酒屋で働くことになっていた。
 両親を幼い頃亡くした長瀬は、天蓋孤独の身を貧しい
叔父夫婦に育てられて成人している。
 とても、高校へ進学させてくれとは言い出せない環境
だったのである。
 同じクラスの友人達が、殆ど例外無く進学する中で、
ひとり働きに出る長瀬の胸の内は、暗澹として冷たい風
が吹き抜けていた。
 そこへ、耳寄りな話しが持上がった。
 その地方にある名門の私立K女子高校が、経営難から
政府の補助を受けることになり、その条件として男女共
学制を導入することになったのである。
 女子しか受入れない特殊校には、予算の割当てが中々
回ってこないことから、長い伝統を破って、その年から
男子生徒も受入れることが公示された。
 しかも、優先的に奨学金が受けられ、事情に依っては
授業料も免除されると言う好条件である。
 もっとも、学校側にしてみれば、もし男子生徒の応募
者が無ければ、政府の財政補助が取り消されるという、
ギリギリの事態に直面していたのである。
 長瀬英夫が、一縷の望みを抱いて、こっそり願書を出
したのも無理なかった。
 それが、受理されたばかりか、中学での成績が抜群の
彼には、試験免除で、一気に合格の通知が舞い込んだ。
 しかも、願書で申請した通り、授業料免除と奨学金の
特典つきである。
 後で判ったことだが、長い間の女子校のイメージから
やはり男子生徒の応募は殆ど無く、長瀬の他にはたった
一名……それも、病身のため最初の年は籍だけ置いて、
休学することが前提の生徒……があっただけだった。
 学校側としては、長瀬英夫が、女子生徒の中でたった
ひとりの男性として、果して本当に入学してくれるのか
大いに不安だったらしく、合格通知が配達された翌日に
は、早速、事務主任が彼の意志を確かめるために訪問し
て来た。
 寝耳に水で驚ろく叔父夫婦に、長瀬は、無断で応募し
たことを詫び、懸命になって進学を懇願した。
 同席した事務主任が、強力にその後押しをしたのは言
うまでもない。
 費用が一切掛からないということで、叔父夫婦も澁々
彼の進学を許してくれたのだった。
 こうして、K女子高校でのただひとりの男子生徒とし
て、長瀬英夫の学生生活が始まったのである。
 新学期が始まって、まず驚いたのは、男子用のトイレ
が全く無いことだった。
 考えてみれば、元々、女子専用の学校として校舎が設
計されているのだから無理もない。
 長瀬英夫は、止むなく、遠く離れた別棟の職員室の傍
まで行かねばならなかった。
 次に困ったのが、体育の実技の時間である。
 徒手体操が主体なのに加えて、女子特有の平均台が、
必須科目になっていた。
 身体の堅い長瀬は、何度もバランスを崩して転落し、
皆のクスクス笑いを誘い、顔を紅潮させる。
 同年の女達に笑いものにされる口惜しさと恥ずかしさ
を、イヤという程、味わされたのだった。
 夏の体育祭のために、フォーメーション演技の練習が
始まった時に、彼の困惑は頂点に達した。
 見映えのために全員の衣装を揃える必要があった為、
指導の女性教師から、フリルの付いたブラウスと紺のブ
ルマーを着用する様に申し渡されたのである。
 男の身で、女性用の衣装を身に付けさせられる。……
それも、クラスメートの女生徒全員の前でである。
 恥ずかしさで真赤になって、オズオズと更衣室から出
て来た彼は、女達の爆笑の渦に囲まれた。
 無理もない。……胸にパッドの入ったブラウスに、ダ
ブダブのブルマーを付けた長瀬の姿は、珍妙としか言い
様がなかったのである。
 体育の時間に限らず、女達の注視の的になっている彼
は、常に女達の視線を意識せねばならない。
 しかも、女特有の陰湿なイジメも始まった。
 ただでさえ、集団の心理として、異分子や弱者に対し
て辛く当たるのが常である。
 女の中に男がひとり≠フ長瀬に対する女生徒達の興
味は、檻の中の動物を見る心理に近かった。
 体育衛生の時間に、女性の生理の原理が、彩色された
掛図で説明される。
 思わず顔を赤らめて目を反らす長瀬に、女達のニヤニ
ヤ笑いが集まった。
 こうして、長瀬にとって、まるで針の筵に座る様な学
校生活の一学期が終りに近付いた時である。
 彼にとって永久に忘れられない、アノ忌まわしい事件
が起ったのだった。
 それは昼休みを目前にした授業中のことだった。
 急に腹痛と激しい便意を覚えた彼は、教師の許しを得
て教室を抜け出し、トイレへ走った。
 しかし、別棟の男子用トイレへ行き着く前に、どうに
もたまらなくなった彼は、傍の人気の無い女子用トイレ
に飛び込んだのだった。
 用を足してホットした彼の耳に、昼休みを告げるベル
が響く。
 慌てて身ずくろいをして扉を開けた時には、ガヤガヤ
と一団となってトイレに向かって来る女達の足音が聞こ
えてきた。
 男の身で女子トイレに入った後めたさと、ここで見付
かったら最後、どんないじめに会うか判らないとの恐怖
が彼の身体を凍らせる。
 彼が、とっさに奥の掃除道具を入れてある物置に飛び
込んで身を隠したのも無理なかった。
 やっと、午前中の授業から解放された女達の黄色い声
が、ワーッとトイレの中一杯に溢れる。
 バタンバタンと扉の開閉する音に混って、堰を切った
様なアラレもない排泄音があたりに立ちこめた。
「ちょっとぉ……水が零れたわ。……雑巾取ってぇ!」
 洗面場のあたりで声がする。
 途端に、彼が隠れている掃除道具入れの物置の戸が、
大きく開かれた。
「キャーッ、誰か居るわぁ。……男よ! 男が隠れてい
るわ!」
 飛び上る様な大声に、ワッと人が集まる。
「本当!……誰か、誰かぁ、警察呼んでぇ!」
 あたりは、蜂の巣をつついた様な大騒ぎになった。
 物置の奥にうずくまって頭を抱えていた長瀬は、やが
て駈け付けた用務員の手で、外へ引きずり出される。
「アラーッ、これ、うちの生徒じゃないの!」
「本当! 長瀬君だわ。……イヤラシイわぁ……女便所
に隠れて覗き見してたなんて!」
 こうなっては、彼の言い訳を聞いてくれる者は、ひと
りとしていない。
 悪いことに、誰が呼んだか警察まで駈け付けて来て、
話しは大袈裟になってしまった。
 何とか世間体を取りつくろうと、学校側は、正式な処
罰を発動せず、すべてを生徒会の手に委ねたのである。
 生徒達で構成される委員会に引き出された長瀬は、委
員長の山脇裕子から厳しく尋問された。
 その美貌と勝気な性格から、長瀬のクラスで文字通り
女王の如く君臨していた山脇裕子は、実は、彼が密かに
心を寄せた憧れの人でもある。
 しかし彼の懸命の弁明にも拘わらず、結局、女子便所
を使った後、物置に隠れた彼の行為は、卑しい覗きを意
図したものと断定された。
 そして、遂に委員会の決定として、彼にこらしめのた
めの罰が言い渡される。
 先ず、委員長の山脇裕子から、彼に大きな透明プラス
チック製の漏斗が手渡された。
 彼は、毎日昼休みに、女子トイレの前の床に正座し、
顔を上に向けてその漏斗を口にくわえる。……そして、
その漏斗の中に、トイレを訪れた女生徒達が、唾や痰を
吐き込むというのである。……彼は、罰として、その汚
物を全て飲み込むことを要求された。
 何のことはない。……彼は、女達の痰壷にされると言
うのである。
 口惜しさで涙をポロポロ流しながら、彼はその漏斗を
受け取った。
 そして、その翌日の昼休みから、その忌まわしい屈辱
の儀式は実行に移されたのである。
 昼休みのベルと同時に、長瀬英夫は女子トイレの入口
に正座し、口にくわえた漏斗を上向けに掲げる。
 その顔は、前代未聞の屈辱に蒼ざめていた。
 首には、痰壷男≠ニ書いた札が掛けられている。
 やがて、ドヤドヤと押しかけた女生徒達が、彼を取り
囲んだ。
「アラアラ、長瀬君。……みじめな姿になったのね」
「フフフ、痰壷男ですって。……女のトイレで覗き見な
んかするからよ」
「ネエ、みんな。……一緒に飲ませてやろうよ」
 誰かが掛声をかけ、ペッ、ペッと音を立てて、一斉に
漏斗の中に女達の唾が吐き込まれる。
 クーッ、クーッと何回も喉を鳴らして、黄色い痰を吐
き込む女も居た。                 
 その泡立った粘液が、みるみる内に彼の目の前の漏斗
の壁を伝わって口の中へ流れ込んで来る。
 ゴクンと彼の喉が鳴り、遂に屈辱の最初のひと飲みが
彼の胃を満たした。
 ワーッと歓声が上がり、ゲラゲラと嘲笑が彼を包む。
 透明の漏斗を通して、長瀬の充血した目尻から、口惜
し涙が止めどなく流れ落ちて行くのが見えた。
 続いて、次の一団が、……そして又一団。     
 彼の口の漏斗は、女達の唾や痰で次々と満たされ、彼
の咽喉はゴクリゴクリと鳴り続ける。
 やや塩辛い汚辱の味は、繰返し彼の咽喉を焼き、心を
切り刻んで行った。
 それから一月もの間、毎日、昼休みになると女子トイ
レの前で、女達に囲まれ、皆の曝し者になって汚辱に塗
れる長瀬の姿があった。
 夏休みになって、漸く解放された長瀬だったが、その
心の傷は癒えることなく、秋の学期になっても、どこと
なくオドオドした態度になっていた。
 一方、女達は、彼をすっかり見下して、集団で嬲り抜
くのが習慣となる。
 それが、三年生の秋に遂に最高潮に達し、彼の人生観
をすっかり変える程の事件に発展した。
 高校生活も三年生になると、大学へ進んだり社会へ出
たりする準備で、勉強の方も落着いて出来なくなる。
 勢い、女達は、目の前の弱者である長瀬を、様々な方
法で嬲ってはストレスを解消していた。
 秋の修学旅行の時も例外ではなく、そこには、女達の
陰湿なわなが仕掛けられていたのである。
 最初の宿が山奥の温泉場で、夕食の時に無理に勧めら
れた酒に酔った彼が、やっとの思いで割り当てられた部
屋に引き上げた時のことである。
 激しい酔に、目の眩む思いで廊下を伝い歩く彼を支え
て部屋に導いてくれたのは、あの山脇裕子だった。
 普段なら、憧れの人が身近に身体を寄せてくれただけ
で、感激して胸が高まるのだが、生憎、彼はそれどころ
ではない。
 やっとのことで布団にもぐり込み、彼女に礼を言うの
が精一杯で、そのまゝ前後不覚に寝込んでしまった。
 所が、その翌朝、あたりの騒がしさに起された彼は、
目を擦りながら起き上ってみて仰天する。
 割り当てられた男子の職員達の部屋に寝ていた筈が、
寝巻姿の女生徒達に取り囲まれていたのである。
「長瀬君。……これは一体どうしたことなの!」
「そうよ、女性の部屋に入り込んで寝るなんて、…… 
ただでは済まないわよ!」
 十人近くの床が敷いてあった、その十二畳の大部屋は
勿論女性専用だったのである。
「キャーッ、誰か来てぇ……寝てる間に私のパンティー
を脱がした人がいるわ!」
「大変! 私もよ、……どうしよぅ!」
 端の方で未だ寝ていた二人のケタタマシイ声!
 これで、長瀬にとって状況は決定的に不利になった。
 つまり、酔ったふりをして女性の寝室へまぎれ込んだ
ばかりか、同室の女生徒達にいたずらをした嫌疑が掛け
られたのである。
 学校側にとって、ことは重大だった。特に、新聞あたりに醜聞として報道されると学校のイメージにも関わる。
 事件の処理は再び生徒会の手に委ねられた。
 長瀬にとっては、二年前の悪夢の再現である。
 今年度も生徒会長を勤める山脇裕子の前で、彼は身を震わせながら判決を待った。
 そして、その結果は……長瀬が思わず耳を疑った程、それは苛酷でおぞましいものだった。
 二年前の夏、彼を汚辱の底に叩き込んだ、あの忌まわしい漏斗が再び彼女の手から彼に渡される。
 しかし、彼が口に咥える漏斗に注がれるのは、今度は女性の小水だったのである。
 しかも彼は、その場で、最初の体験を強制された。
 女生徒の委員達の見守る中で、漏斗を咥えて床に跪く長瀬の顔は、極度の屈辱で真っ赤に染まっている。
 そんな彼に、最初の洗礼を加えるべく近づいたのは、やはり、山脇裕子だった。
 この二年間、彼が密かに想いを募らせ続けてきた女性に、衆人の中で辱められる……その情けなさが胸に込み上げ、長瀬の目は涙で曇った。
 そのぼやけた視界が彼女のスカートで覆われ、透明な漏斗越しに裕子の股間の繁みが目の前に近づく。
 そして、遂に、黄色い汚水の流れが漏斗の壁を伝って注ぎ込まれた。
 生暖かい彼女の小水が彼の喉を焼き、彼の心を深い屈辱の淵に突き落とす。
 ゴクリゴクリと咽喉を鳴らして汚水を飲む彼の姿に、ワーッと笑いが女達の間からはじけるように巻き起こった。
「痰壷男が、今度は女の小便壷に落とされたわけね。……いったいどんな気持ちなの? クックックッ」
 漏斗への注水を続けながら、山脇裕子は、軽蔑しきった口調で嘲笑を浴びせる。
 それを彼女のスカートの中で聞く長瀬英夫の胸は、例えようのない無念さで一杯になっていた。
 その日から卒業の時まで、実に半年近くの毎日を、彼は一生忘れられぬ汚辱の日々を送ることとなる。
 毎日、昼休みの間中、漏斗を咥えて女子トイレの中で床にへたり込んでいる彼を、女生徒達は次々と容赦なく小便壷に使った。
 もうこれ以上飲めないと思う傍から、また飲まされる。……遂には、胃と腹が異常に膨れ上る程だった。
 その生臭い味と、耐え難い屈辱!……。
「課長、同窓会のことですけど……私、今しがた姉に電話してみたんです。……そしたら、姉ったら電話口でゲラゲラ笑い出すんですのよ」
 つかの間の回想に耽る長瀬を、山脇和子の声が現実に引き戻した。
「き、きみの姉さんに電話したんだって?……」
「ええ、姉は笑いながら、課長によろしくですって。……あ、そうそう、ぜひ同窓会の折にお会いして、お渡ししたいものがあると言ってましたわ」
 和子の言葉で、まさに悪夢の蘇る思いの長瀬は、不吉な予感に思わず背筋に冷たいものが走るのだった。
(後編に続く)
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1991年10月スピリッツ10,11月号
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2011/02/17