049-#49転落の黒幕
                   阿部譲二

社内恋愛で結婚を誓った女を金の力で奪われた男。女は父の借金を背に実業家のもとに嫁ぐ。女の心を男から引き離すために、実業家は男の会社に手を回し仕事のミスを犯させて懲罰勤務に追い込む。女子社員たちに嬲り物にされるビデオを新妻に見せて愛想尽かしをさせる計画だった。更に男を自宅に招き監禁して女中達に嬲らせ首尾よく妻の便器に落とす。

 都会の喫茶店で向き合う男女には、その組合わせと話の内容によって色々のタイプがある。
 しかし、最近は何と言っても、若い恋人同志が甘い語らいに耽っていることが多い。
 だが、この盛場のはずれにある古びた喫茶店で、もう大分長い間、ひっそりと話し込んでい
る若い似合のカップルには、二人共、甘いムードとは程遠い苦い悲痛な表情が浮かんでいた。
「じゃあ、……どうしても、君はあの男と結婚する気なんだね。……僕と言うものがありなが
ら!」
 靖夫のしぼり出す様な口調には、やり切れない腹立たしさが篭っている。
「だって、仕方がないわ。……私の父の莫大な借金を肩代りしてくれるって言うんだもの。…
…父は、もう自殺寸前にまで追い込まれているのよ」
 美津子のひときわ端正な美貌が、暗く曇る。
「そ、そんな! 時代錯誤も良いところだよ。……父親のために自分を犠牲にするなんて。…
…それに、僕達の間の長年の愛情はどうするんだ! こんなに熱烈に愛し合っているのに!」
 卓を叩かんばかりに興奮している遠山靖夫は、当年、二十八才、中堅商社の係長である。
「でも、私達の間は未だプラトニックよ。……キス以上には進んでないわ。未だ引き返せる段
階よ。……でも、誤解しないで。私、靖夫さんを想う気持は、誰にも負けないわ。……きっと
一生忘れない!」
 同じ会社にOLとして勤めている杉本美津子の黒目勝な眸に、大粒の涙が浮ぶ。
「そりゃあ、君が、二人の気持が永久に変らない自信が出来るまで、清い仲でいたいって言い
張るからさ。……あー、こんなことなら、君の言うことなんか無視して、君を抱けば良かった
んだ!」
 もう四年にもわたる長い交際を通じて、伸びやかに発育した美津子のグラマラスな肢体に、
靖夫はこれまで何度も目の眩む様な誘惑を感じていた。
 その豊かな胸、その腰のくびれからグッと張り出した量感のあるヒップ、そして、形の良い
スラリとした両足に繋がる肉付きの良い太股……それ等は、どれをとっても男の欲望をそそら
ずには置かない。
「相手は、三十五才と言えば、君より十才も上じゃないか。……話が合う筈ないよ!……それ
に、その歳で億万長者だなんて、きっとアクどい商売をやってるんだ」
「アラ、財産は親譲りって聞いてるわ。……家だって、御殿みたいだけど、死んだ父親の遺産
なんですって」
「それじゃあ、君は、そんな大邸宅での生活に目が眩んだのか!……愛情は、二の次だって言
うのかい?」
 二人のやりとりは果てしがない。
「まさか! 私だって、お金と愛情を秤に掛ける様なことはしないわ。……でも、お金って、
あって邪魔になるものじゃない。女中を何人も使う大邸宅の生活に魅力を感じないって言った
らウソになるわ。……でも、本当、私、それ以上に靖夫さんを想う気持が強いの」
「だったら、僕と結婚してくれよ。……お父さんの借金だって、僕の出来る限りのことはする
よ」
「そりゃ、靖夫さんとの結婚は、今でも私の夢よ。……でも、父の負債は、貴方の手に負える
額じゃないわ。……諦らめて! 私、結婚しても、靖夫さんの面影は何時も心に抱いていてよ
……ウッウッウッ……」
 押し殺した様な忍び泣きが、美津子の口から洩れる。
 何時しか、テーブルの下で握り合っていた二人の両手に力が篭っていた。
 それから二ケ月。……美津子が、実業家の富島清造と盛大な結婚式を挙げ欧州へ新婚旅行に
旅立った後、靖夫は、気の抜けた様な索漠とした、味気ない毎日を送っていた。
 遠山靖夫の所属する営業一課に隣接する総務課には、未だ、あの杉本美津子が座っていた机
が、ポツンと空席のまゝ残されていて、そちらへ視線を向ける度に、彼にやり切れない淋しさ
を感じさせる。
「……遠山係長、まだ美津子のことが忘れられないんでしょう?……フフフ……」
 彼の視線を追っていたと見え、部下の京野慶子が、お茶を彼の机の上に配りながら、意地悪
く囁く。
 入社以来付合っていた京野慶子から、その親友の杉本美津子へ乗り換えた遠山を、慶子は今
でも恨んでいて、ことあるごとにチクチクと嫌味を言うのだった。
「みんな言ってるわよ。……係長は美津子に捨てられたんだってね。……本当に可哀そう。…
…何なら、私が慰めてあげましょうか?……クックックッ」
 たまたま周囲に人がいないのを良いことに、慶子の嫌味は、意地の悪いからかいへとエスカ
レートする。
「うるさいな。……第一、君の知ったことじゃないよ。……ア、そうだ。君のさっきの休暇願
いね。……アレ、認められないからね。……期末の締めが近いんだから、仕事は山程あって猫
の手も借りたい時だ。それ位、君も判っている筈だよ」
 ムカッとした遠山は、すかさず切り返す。
「な、何ですって?……ひどーい!……欧州旅行のツアーを申し込むって言ったら、そりゃ良
い、楽しんどいでって言ったのは係長じゃないですか!」
「それにしても、タイミングが悪いよ。諦めたまえ」
 遠山も、こうなれば意地である。
「せっかく友達と楽しみにしてたのに! 私だけが行けないなんて、ひどいわ。……第一、今
からだとキャンセル料で半額は取られるわ。……何とかして!」
 狼狽して涙声になる慶子。
「仕方ないさ。……俺が誰かに捨てられたなんて、くだらん噂をする暇があったら、もっと真
面目に仕事するんだな。……そして、これからは、俺がお前の上司だってことを、何時も忘れ
ない様にな」
 遠山は冷たく言い放った。
「覚えてらっしゃい! この恨みは忘れないわよ」
 捨台詞を残して、慶子は足音荒く去った。
 美津子に良く似たグラマラスな後姿が、フト遠山に、昔デートの時、慶子を後から抱き締め
て首筋にキスした想い出を呼び起した。
 それから何ケ月か経つと、遠山靖夫も営業一課の係長としての自分を取り戻し、多忙な業務
に没頭して行く。
 イヤ、言うならば、美津子を失なった心の痛手を紛らすために、仕事に集中しようと努めた
のだった。
 美津子が座っていた席も、営業一課から総務課に移籍した京野慶子が占めた。
 あれから、遠山と何度か衝突した彼女が、自ら希望して彼の下から離れたのである。
 その頃、遠山靖夫は、シンガポール向けの大口の取引を担当し緊張の毎日を送っていた。
 何しろ、数十億の商売である上に、現地にいる相手方のTS商事は、気心知れない新しい取
引先である。
 現品をメーカーから期日までに納入させ、それを契約で定めた日までに船積みするのが条件
だった。
 幸い、現品の出荷状況も順調で、トラック輸送を担当する黒沢運輸も、フル回転で操業して
いる。
 そこで、フッと気を緩めたのが仇となった。
 黒沢運輸のメーンバンクが、突然大手の銀行に吸収され、資金繰りが思うに委せなくなった
黒沢運輸の小切手が、不渡りとなったのである。
 そして債権者が、運輸会社としての生命線であるトラックを全て差押さえるに及んで、黒沢
運輸の業務は、完全に麻痺してしまう。
 事態を知って慌てた遠山靖夫は、急遽、別の運輸会社を手配したが間に合わず、船積は所定
の日から一週間も遅れてしまった。
 慌てゝ、説明のためシンガポールに飛んだ遠山の上司の課長は、TS商事から莫大な違約金
を要求されて、青くなって帰国する。
 早速、社内緊急会議が開かれ、席上、担当の遠山靖夫は、幹部から散々脂を絞られた。
 数日後に来日したTS商事の幹部とネゴした結果、違約金を半額にしてもらう代りに、当方
も、関係者を厳重処分して姿勢を正すこととなった。
 そこで、哀れを留めたのは遠山である。
 直接の担当者ということで、処分を受けて、係長からヒラへ降格された上に、総務課で懲罰
勤務を命ぜられることになった。
「ナア、今度の件は君の油断もあったかも知れないが、不可抗力だった面もある。……会社と
しては、こんな処分はしたくなかったんだが、相手のTS商事が君を名指しで処罰しろと要求
して来たもんでナ。……マア、君も暫く我慢して懲罰勤務を続けてくれ」
 営業部長から引導を渡され、遠山の唇が震える。
「で、でも。……こ、降格は止むを得ないとしても、……懲罰勤務とは……一体、どんな勤務
なんですか?」
「それは、私の口から具体的には言えないが、君の総務課での懲罰を担当するのが、京野慶子
と決った。……なんでも、彼女が自分から志願したのだそうだ。……まあ、君が彼女から直接
聞くのが一番良いだろう」
 部長の口調は、何時になく歯切れが悪い。
 一方、京野慶子が自分の懲罰担当を進んで志願したと聞いて、遠山の受けたショックは一通
りではなかった。
 暗澹とした気持で、重い足を引きずりながら部長の前を辞した遠山は、指示された通り、そ
の足で新しい勤務先である総務課に出頭する。
 そこには、想像した通り、京野慶子が意地悪い笑みを湛えて待ち構えていた。
「遠山! グズグズしてないで、こっちへおいで」
 いきなり、慶子に名前を呼び捨てにされ、遠山の胸にグッと口惜しさが込み上げる。
 京野慶子の机の前に立ってかしこまった遠山は、いたずらをして先生に叱られる生徒さなが
らだった。
「頭が高いわ。……私は、今日からお前の上司よ。……これから私の前では、お前は、自分の
頭が私のお尻より上に出ない様にするのよ。フッフッフッ」
 主客転倒とは、まさにこのことだった。
 つい先日までは慶子に上司として君臨していた遠山が、今や、その京野慶子の部下として、
彼女に命令される身である。
 しかも、頭を彼女の尻より下に下げろとは!
 泣きたい気持を堪えて、彼は、しぶしぶ彼女の机の前で身を屈した。
 そして、殆ど床に平伏した姿勢になる。
「そう。……そうやって私のお尻を崇めなさい」
 慶子は、座ったまゝ身をひねって、遠山に尻をのぞかせる姿勢をとる。
 周囲の女子社員から、クスクス笑いが洩れた。
 恥ずかしさで真っ赤になる遠山。
「お前には、これから私の手で、毎日たっぷりと懲罰を与えてやるわ。……会社を休んだり、
止めようとしたら最後、お前は会社から損害賠償の訴訟を起されて、監獄行きよ。判った?…
…判ったら、私にどうか、私に、懲罰をお与え下さい≠チて頼んだら? フフフッ」
 慶子に言われた科白を、平復したまゝの姿勢で、口ごもりながら咽喉から絞り出す遠山の目
は、無念さで真っ赤に充血している。
 何時の間にか彼の横に立った慶子の足が上り、遠山の後頭部を踏み付ける。
「いいわよぉ。……うんといじめて上げる。……ホラ、ホラホラァ」
 慶子のハイヒールが、彼の頭を蹂躙し、その顔を床に繰返し繰返し擦り付けた。
 それから暫くして、総務課の女子社員達の机に、お茶を配る遠山の姿があった。
 慶子に、お茶汲みを命じられたのである。
「受付けの女の子達にも、お茶を持っといで」
「ホラ、遠山。この書類を至急コピーしといで」
 口うるさく、次から次と、慶子は遠山に雑用を言いつける。
 午後になると、彼女は、何を思ったか来客用の応接室に遠山を連れ込んだ。
 中央の机を端に寄せた後、彼は、ソファーに腰を下ろした慶子の前に正座させられる。
 そこへ突然ドアが開いて、若手の女子社員達が五人、部屋に闖入するや、思い思いに慶子の
まわりのソファーに腰を下ろした。
 中には、ついこの間まで彼の部下だった営業一課の女性が三人も混じっている。
「ウフッ、みんな私が呼んだのよ。……お前が私にいじめられて生恥を曝すのを見て、お前を
笑いものにするためにね」
 まさに、昔の部下達の前で嬲られる辛さは格別だった。
 慶子は、股を開き両足を曲げてソファーの上に挙げ、足元の床の絨緞の上で正座している遠
山のネクタイの先を掴んで、グイと引く。
 不意を突かれて、彼は、目の前に開かれた慶子の股間に向かって倒れかかった。
 白いパンティーに包まれたクレバスに殆ど鼻が付く距離で、遠山の顎がソファーの端に埋ま
る。
 途端にムーッとする女の生臭い香りで、彼の頭はクラクラッとした。
 慶子は身体をずらしてソファーの背に凭れ、両足の踵を遠山の後頭部に当てがって、グーッ
と力を込め、彼の顔を自分の尻割れに押し付けた。
 鼻孔がパンティー越しに慶子のアヌスにピタリと密着した時である。
 プスーッと、生暖かいガスが彼の鼻の中へ、まともに注入された。
アーッ……ウウーッ………
 遠山は、呻き声を立てショックに手足を震わせた。
 それと察して、周囲で見守っていた女達から、ドーッと爆笑が湧く。
「フフフ、どおお? もとの部下達の前で、こうやって辱められる気分は?……情けない?…
…口惜しい?……それとも、死ぬほど恥ずかしい?」
 慶子は、屈辱のあまり、文字通り動転している遠山を、今度は言葉でからかう。
「く、く、……口惜しいーっ……」
 彼女の尻のあたりから、男のくぐもった声が洩れた。
「おうおう、口惜しいの。……それじゃ、もう一度、たっぷり口惜しがらせて上げる。……ホ
レ!……」
 慶子の踵が遠山の後頭部をこずくと、再び、プスーッと、前回にも増して多量のガスが、彼
の鼻孔を襲った。
 生憎、息苦しさから、それをまともに吸い込んでしまった遠山は、その臭気と極度の屈辱感
で、一瞬気を失いかけたほどだった。
 周囲からは笑い声に混って、パチパチと拍手が湧く。
 遠山の顔は、恥ずかしさで火照り、赤鬼の様である。
「ソラ、今度は、あとを清めるのよ。……そこに接吻をして、お前の唇でたっぷり汚れを味わ
いなさい」
 彼の顔を擦りながらパンティーがめくられ、ヌメヌメした菊座が彼の唇に直接当たる。
「吸って! そこを私の唇だと思いなさい」
 不潔感を必死で抑え、言われた通り菊座を吸った。
 ねっとりと粘膜を覆っている直腸から噴き出した糞滓が彼の口中で溶け、苦い渋味を口の中
一杯に広げる。
「フフフ、いゝ気味!……それをね、奴隷の接吻と言うのよ。……お前にピッタリだわね」
 部下だった女に嬲られて、アヌスに接吻までさせられる。……それは、将に遠山の転落を象
徴していた。
「その辺で許してあげる。……その代り、こゝに居る全員に奴隷の接吻をするのよ。それも、
床に這いつくばってお前からお願いしなさい!」
 まるで、みじめさを絵に書いた様な光景だった。
 ソファーに腰掛けている女達の一人一人に、心にもない恥ずかしい願いをさせられるのであ
る。
 女達も芝居気たっぷりに驚ろいてみせ、散々いたぶった末に、汚れたアヌスを吸わせた。
「お前、自分のしてることが判ってるの?……そこまで落ちたら、二度と私達と対等の口はき
けないわね。……ホラ、もっとしっかり吸って!……そうだ、舌の先を差し入れて御覧。……
フフフ、その顔はなーに? 涙なんか流してさ。……人並に恥を知ってるとでも言うの?……
何サ、奴隷に転落した意気地無しのくせに!」
「アラッ、今度は私?……さっきトイレに行ったとこだから、きっと未だ臭いわよ。……フー
ン、それでもいゝのね。……じゃあ、そこで、三辺回ってワンと言ってごらん。……クックッ
クッ、良い恰好だこと。……次はチンチンをして……そうそう、お前、犬そっくりよ」
 女達のネチネチしたいじめと嘲けりは、遠山の人格を徹底的に卑しめ、奴隷への転落を改め
て認識させた。
 その頃、遠山のかっての上司である営業部長のもとに意外な電話が掛かっていた。
 応対する部長の言葉付きが、急に改まる。
「モシモシ……あ、TS商事さん。……エッ、会長さん直々のお電話とは恐れ入ります。……
エー、それは……すべて仰せの通り実行しておりますから御安心を」
「そうか。それならいゝが……遠山とか言ったな、その男、まさか、わしのことは気付いてお
らんだろうな?」
「大丈夫ですとも。……TS商事の会長が、自分の恋人だった杉本美津子と結婚した富島清造
さんだなんて、夢にも知りませんよ。……それに、あの黒沢運輸までぐるになっているなんて
気付く筈がありません」
「それなら良いが。……実は思った通り、美津子は遠山のことを忘れていない様なんだ。……
ところで、遠山が女達に嬲られているビデオは、ちゃんと撮ってるんだろうな」
「それは、大丈夫ですとも。……女の一人に、こっそりビデオカメラを持たせて、隠し撮りを
させてます。……さっき受けた報告では、遠山は、自分のみじめな有様を撮影されていること
に、全く気付いてないそうです」
「そうか。……そのビデオを美津子に見せれば、呆れ果てゝ熱も冷めるだろうな」
「それは、御心配無く。……遠山は、女達に嬲り抜かれて、全くの哀れな奴隷に転落していま
す。……ビデオは、素晴しい効果を示すに違いありません」
「判った。……それじゃ楽しみにしているぞ」
 カチャリと受話器を置く音がした。
 一方、総務部の応接室では、遠山に対する女達の責めが、次第にエスカレートして行くのだ
った。
 女達に嬲り抜かれる遠山の後ろでは、昔の恋人の醜態を美津子に見せるべく、富島清造の依
頼でビデオカメラが静かに回っていた。
 ……それから、約一ケ月。
 連日、京野慶子にいたぶられた遠山靖夫には、今や、常にオドオドと彼女の顔色を窺う卑屈
な態度が、すっかり身に付いてしまっている。
 ヘマをして慶子に罵声を浴びせられると、その後の罰の予感で、恐ろしさに身体が震えるの
だった。
 ついこの間まで部下だった女に、ここまで征服された哀れな彼に注がれる周囲の目は、好奇
心と同時に冷たい軽蔑に満ちている。
「遠山! ちょっとこゝへおいで!」
 慶子のピッチを高めた声に、遠山はビクッとして駈けつけ、彼女の前の床に平伏する。
 最初の日に言われた通り、慶子の尻より上に頭を上げることは、許されていないのである。
「お前、このお茶はなんだい!……すっかり冷えてるじゃないか。……お前は、熱いお茶もい
れられないウスノロなのかい?」
それは、貴女が飲まないでほっとかれたから……
 靖夫は黙ったまゝ言い訳を心に呟いた。
 言葉を返すと、事態が一層悪くなるのである。
「黙っているところをみると、自分がウスノロだと認めているんだね?」
 慶子の追求に、遠山は素直にハイと頷く。
「それじゃ、お前に気合を入れてやろうかね。……正座して顔を上げて御覧」
 彼女の前の床に縮こまる遠山の目に、怯えた不安の色が浮かんだ。
 それを楽しげに見下ろしながら、慶子はゆっくりと素足にはいたサンダルの紐を緩める。
 その白い素足がスッと伸びて、彼の顎の下を支えた。
 そして、もう一方の足が彼の頭を横から軽くこずく。
「両手を後ろに回して、しっかり結んで御覧。……そおそお、……それを決して離すんじゃな
いよ!」
 慶子の素足が彼の顎を離れたかと思うと、もう一方の足が、突然彼の顔を襲った。
 足裏がまともに頬を直撃し、パチーンと音を立てる。
 床の上に正座している彼の身体が、グラッと揺れた。
 続けて、もう一発が反対側の頬を襲う。
 今度は堪まらず身体が横に倒れたが、背後で結んだ手を離すなと彼女に釘をさされているた
め、身体を支えるものが無い。
 肘を使って辛うじて身を起すと、再び女の足が反対側の頬を打つ。
 こうして、皆の目に曝されながら、いつ果てるともなく、彼女の足裏による往復ピンタが続
けられた。
 それは、手掌でのピンタに較べて、より屈辱的でありダメージも大きい。
 しかも、厚い足裏の皮は打ち手に痛みを感じさせず、延々と続けるのに適している。
 彼の両頬は、みるみる真っ赤に染まった。
 彼女は、時折、足裏で彼の顔を正面から蹴る。
 堪まらず後ろにひっくり返った後、両手を後ろで結んだまゝ、もがきながら身を起した。
 それを、また、彼女の足裏が蹴り倒す。
「フフフ、まるで、起上り小法師か達磨さんね」
 彼女に笑われながら、蹴り倒されるごとに身をもがいて身体を起す屈辱は、ひと通りのもの
ではなかった。
 こうした状況が延々と三ケ月も続くと、流石に遠山靖夫もいささかノイローゼ気味になる。
 そこへタイミングを合わせたかのように、部長から話があると呼び出された。
 部長の顔を見るなり、遠山はこの時とばかり、何とかこの懲罰勤務を解いてくれと必死に陳
情する。
 その涙ぐんだ表情から、如何に彼が虐げられた毎日を送っているかが察せられ、部長も流石
に哀れを催したほどだった。
「イヤ、実はね。……君も覚えているだろうが、この懲罰勤務は、君が損害を掛けた客先の、
TS商事からの要求だったんだ。……つまり、直接の担当だった君を厳しく罰することで、賠
償金を半分にまけてもらったのさ」
「そ、それは判っていますが……もう、この辺で、か、かんべんして下さい。……毎日、女達
に嬲られて、……き、気が狂いそうなんです」
 遠山は思わず咽喉を詰まらせる。
「判った判った。……君のことは、俺も気にしていたんだ。……でも、懲罰期間は三年という
ことで先方の了解をとってあるんでな……」
「さ、三年ですって?」
「そうさ。……あと二年と九ケ月残っている訳だ」
「そ、そんな……私は本当に気が狂ってしまいます!」
 遠山は、まるで口から泡を吹かんばかりだった。
「……それで、実は昨日のことだが、偶然、先方のTS商事の会長から電話があったんだ。…
…その内容を簡単に言うとだな……君の懲罰勤務は絶対に中止して貰っては困る。ただし、こ
のまゝ会社で三年間続ける代りに、もし先方が君の身柄を引き取って、会長の自宅で懲罰を続
けることが出来れば、一年で勘弁しようというんだ」
「一年ですって。……すると、あと九ケ月で……」
「そうさ。……勿論、君が同意すればの話だがね」
「で、でも、……TS商事の会長宅で、一体、私は誰から懲罰を受けるんですか?」
 一旦、微かに希望の光が射しかけた遠山の顔が、再び疑念と不安で曇った。
「会長の邸宅には、女中が五人も居るそうだ。……確か、君には女中達の下働きをして貰うと
言っていたが、……そうそう、ひとつ条件として、君の手足を拘束させて貰いたいそうだ。…
…何しろ女ばかりなので、君が暴力を揮って怪我人が出るのが心配らしい」
 遠山は、部長の前で、しばし迷いに包まれていた。
 未知の不安に加えて、何か悪い予感がしたのである。
「どうなんだ。……ことわって、今のまゝ三年間続けることにするかい?」
 部長にせかされた途端、遠山の心は決まった。
 どんなことがあったとしても、三年の代りに一年間……いや、あと九ケ月我慢すれば……
「お願いします。……会長のお宅で懲罰を受けます」
 遠山は深々と頭を下げたのだった。
 翌日、TS商事の迎えが来て、遠山は総務課の連中に最後の分れの挨拶をする。
 意外なことに、昨日まで彼を目の仇にしていじめ抜いて来た京野慶子の態度は、何時になく
優しかった。
「お前も、よく我慢したわね。……会長のお宅で、女中達に嬲られても、今までの様にじっと
堪えるのよ」
 しんみりした慶子の言葉に、やや勝手が違って、遠山は却ってオロオロする。
 総務課の戸口で立ち止り、丁寧に一礼して去る遠山の背に向かって、慶子は、口の中で小さ
く呟いた。
可哀そうに!……地獄に落ちるのも知らないで……
 全てを知らされている彼女の目には、何時しか、深い哀れみの色が浮んでいたのである。
 ところ変って、こゝはTS商事の会長、富島清造の広壮な屋敷内の一室だった。
 迎えの者に、直接こゝへ連れて来られた遠山靖夫は、待ち構えていた女中達の手で素裸にさ
れ、両手を革手錠で拘束され、身体の自由を奪われてしまう。
 両足頚も鎖で繋がれて、小さな歩幅でヨチヨチ歩きしか出来なくなった。
 しかも、喉には犬の首輪が嵌められ、それに革の網紐が繋がれる。
 変り果てた哀れな姿で、部屋の中央に正座させられ、長い間待たされた。
 絨緞の上とは言え、足が痺れて感覚が無くなって来た頃、派手な部屋着を纏った小ぶとりな
男が現われた。
 女中達の態度から、彼がこの家の主人と知れる。
「ヤー、よく来た。遠山とか言ったな。……俺が、TS商事の会長の富島清造だ」
 脂切った顔が、如何にもやり手の商人と言った印象を与える。
「会長の……富島清造さん……と、言うと、あの……」
 遠山の仰天する顔を、ニヤニヤ笑いながら見下ろした富島は、向いのソファーにゆっくりと
腰を沈める。
「そうさ、君の恋人だった杉本美津子と結婚した男さ。……TS商事は、私の頭文字をとって
命名した会社だ」
「その富島さんが、……な、なんの恨みがあって、私を……」
 遠山の驚きは、ひと通りではない。
「そう、俺は美津子と結婚した勝利者だ。……しかし、成程、私は金の力で美津子の身体を手
に入れたが、彼女の心は未だ私のものになっていない。……それは、君のせいだ」
「美知子の心が、未だ……そうすると彼女は、今でも僕のことを……」
 遠山の顔が、思わず嬉しさで輝いた。
「人の心は金では買えない。……君はそう言いたいんだろう。……でもな、成程、直接には買
えないかも知れぬが、間接的には可能なのさ」
「………………?」
「つまり、俺は金の力で、こうして君の身体を手に入れた。……次は、君に協力させて、美津
子の心を俺の方へ向けさせるのさ」
「そ、そんな!……わ、私は、決して協力しませんよ。……貴方のために、彼女を説得するな
んて、まっぴらです。……第一、彼女が聞き入れる筈がありませんよ」
「誰が、美津子を説得してくれと言ったかね?……君はこれからこの家で、女中達に毎日卑し
めらるんだ。
 その屈辱のシーンをビデオに撮って、あとから美津子に見せるのさ。……彼女が呆れ果てて
君を見限れば、彼女の心は俺のものだ」
「そ、そんな卑怯な!」
「もっとも、君が、この三ケ月会社で女達に嬲りものにされた状況は、逐一、ビデオに収めて
ある。……でも、それじゃ不十分だと気付いたんだ。……成程、美津子は幻滅するだろうが、
同時に君に同情するかも知れない。……だから、この家では、君のいじめ方に少し工夫を加え
ることにした」
「……と、言うと?」
「まあ、それは、あとのお楽しみだ。フッフッフッ」
 清造は、笑いながら背を見せて立ち去った。
「さ、それじゃ、今度は私達の出番ね」
 今まで背後に控えていた五人の女中達が、清造に代って遠山の正面のソファーに思い思いに
腰掛ける。
「それじゃ、改めて私達に一人一人ご挨拶をして頂戴。……フフフ、そう、頭を床に擦り付け
てね。……でも、それだけじゃつまらないから、ついでに足の裏を舐めて貰おうかしら」
 昔で言えば女中頭に当るリーダー格の女中が、笑いを含みながら命令する。
 君枝と名乗ったが、歳の頃は三十そこそこ。
 色が白く小ぶとりした、丸顔で目の細い女でだった。
 唇も薄く、どこか残忍そうな印象を与える。
 あとの四人はぐっと若く、何れも二十前後と言った歳格好で、恐らく清造の好みだろうが、
グラマラスな肢体の美形揃いだった。
 衣装もコンパニオン風のミニスカートで、女中と言うより、むしろナイトクラブのホステス
達に囲まれている雰囲気である。
 足裏舐めは、会社で慶子や仲間のOL達に散々やらされたので、そう違和感は無いものの、
屈辱的であることには変りない。
 しかも、ストッキングを常用するOL達と違って、こゝの女中達は素足で働いているため、
汚れが目立ち不潔感が先に立つ。
「そんなんじゃ駄目! もっと舌先に力を込めて、汚れがすっかり落ちるまで舐めるのよ。…
…フフフ、それでいゝわ。……舐めながら、私の目を見て御覧。自分のしてることで、どんな
に私に軽蔑されてるか十分に認識するのよ。……ホラホラホラァ……クックックッ……」
 君枝は、足裏で遠山の顔を撫で回す様にして辱める。
 あとの四人の女達も、キャーキャーと嬌声を上げながら、君枝にならった。
 足舐めのご挨拶≠ヘ延々と一時間に及んだ。
 女中達の一人一人にたっぷりと卑しめられて、遠山は、彼女等に対する劣等感をしっかりと
植え付けられる。
 一方、自分達の足元にみじめに這って足裏の汚れを口にさせられる男、……それを見下ろす
女達の心は征服感と軽蔑に満たされ、彼に対する態度が目に見えて横柄になった。
 その後に遠山が連れて行かれたのは、一階の奥にある三畳間程の広さの物置である。
 明り取りの窓はあるが、ガランとして殺風景なスペースに粗末なベッドとテレビが置いてあ
った。
 変っているのは、壁際に置かれたベッドの枕元に、親指程の太さのゴム管が下がっている。
「お前は、こゝで毎晩このゴム管をくわえて寝るのよ。……そして、その管から流れ出る液体
を全部飲むの」
 君枝の説明にキョトンとする遠山。
「この上の二階には会長御夫妻の寝室があるわ。そしてこの真上が寝室に続くトイレになって
るの。トイレには便器が二つあって、御主人と奥様の夫々専用になってるわ。……もう分るで
しょう。お前がくわえて寝るゴム管は、奥様用の便器に連ながっていて、そこからは、奥様が
排泄されたお小水が流れ出て来るのよ。……フフフ、分る? これから毎日、お前は、昔の恋
人のお小水を飲んで暮すのよ」
 それは、たとえ様のないほど残酷な計画だった。
 ショックに身を震わせる遠山を見やりながら、君枝は説明を続ける。
「このテレビにはね、トイレの中が映るの。……奥様が便器に座ると、自動的にスイッチが入
って、画面に奥様の顔が映るわ。同時にブザーが鳴るから、寝込んでても大丈夫。……同時に
便器の中ではウオッシュレットのノズルの代りに、プラスチックの漏戸がせり出して来て、お
小水を受ける仕組よ。……でも、今のところは、水流センサーで、お小水が終ると漏戸が引っ
込む様になっていて、大の方はキャッチしないんですって」
 こうして始まった富島邸での遠山の生活は、まるで、地獄そのものだった。
 日中は、手足を拘束されたまゝ抵抗出来ない遠山を、女中達は徹底的に嬲り抜く。
 しかも、訓練と称して、暇さえあれば彼女等の股間への舌奉仕を強いた。
「お前の正体が、ビデオで奥様に知れたら、うんと軽蔑されて、お前は奥様のしも奴隷≠ノ
おとされる。……その時のために、お前の舌を訓練しておく様にって旦那様から言われてるの
さ。……さあ、もっとしっかり!……そうそう、今度はバックの方もお舐め!」
 毎日繰返して何回も奉仕させられるため、舌の付根が腫れ上がった程だった。
 そして、晩。……ゴム管を口に差し込まれ、抜けない様に紐で固定されたまゝベッドに横た
わる遠山の心は、屈辱で満たされる。
 やがて、就寝の頃、ブザーとともにテレビのスイッチが入り、懐しい美津子の顔が映し出さ
れた。……と、直ぐに彼の口中には、生暖かい美津子の汚水が流れ込む。
 かっての恋人の顔を見ながら、その汚水を飲まされる遠山の心は、ズタズタの切り裂かれる
のだった。
 美津子は、トイレの近い方と見え、就寝前に加えて、夜中に一回、そして朝、清造を送り出
すために起きた時と、計三回の苦行が毎晩彼を襲った。
 その味も、その時によって微妙に違う。
 しかも、生理が近付くと澱物が混入して酸味が増し、生理中は苦い経血が混入する。
 三ケ月が過ぎた頃には、遠山は、小水の味を通じて、美津子の身体の調子まで分る様になっ
ていた。
 更に時が流れ、富山邸での生活がそろそろ約束の九ケ月に近付いた、ある晩のことである。
 呼吸も荒く、しっかりと抱き合ってセックスを楽しむ清造と美津子。……その二人の身体の
結合部の下には、哀れにも遠山の顔が敷かれていた。
「もっと、舌を伸ばして、しっかり舐めるんだよ!」
 美津子の叱咤する様な声に、その股間で遠山のくぐもった呻きが応える。
 無心に二人の結合部に舌を這わせる遠山の脳裏には、数ケ月前の、美津子とのあの久し振り
の出会の場面が浮かんでいた。
 懐しさに思わず掛け寄ろうとした遠山の首輪が、君枝の手にした革紐でグイと引かれる。
 跪いた姿勢の彼に近付いた美知子の笑顔。……それが彼を見て軽蔑に歪んだかと思うと、ペ
ッと唾が顔に吐き掛けられる。……そして、彼女の罵声。
「見損なったわ。汚らわしい!……毎日、私のお小水を飲んでたなんて」
 富島に都合良く編集されたビデオテープを見た美津子は、すっかり遠山を軽蔑しきっていた
のである。
 彼の顔の上では、依然二人のセックスが続いている。
 気分が乗って来たとみえ、結合部から洩れる生臭い粘液が彼の口中を満たした。
 頂点を迎えた二人は、暫くして漸く身体を離す。
 美津子の股間では、流れ出るジュースを啜る遠山の舌の音が、ひそやかに続いていた。
「ねえ、この男をここで奴隷として使うのは、期限付きじゃなかったの?」
 美津子は、鼻に掛かった甘え声で夫に聞く。
「むこうの会社がこいつを手慣ずけるために勝手に言ったことさ。……一生こゝで飼ってやれ
ばいゝんだ」
「うれしいわ。……私、夜中にトイレに立つのが面倒だったの。……それに、貴方が眠ってし
まってから、私よく催すの。そんな時には、こいつの舌が重宝だわ」
「でも、こいつも哀れなやつだな。……昔の恋人の便器にされてさ。おまけにセックスの後始
末や、舌奉仕までさせられるんだからな」
「いゝの。……こいつは今は、昔のあの人じゃないわ。身も心も汚れ切ったしも奴隷よ。……
その内、大の方も口にする様に仕込んでやる。フフフ、楽しみだこと」
 美津子の股間で、押し殺した男の啜り泣きが起り、それは、何時までも何時までも続くのだ
った。
(完)
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1991年8月スピリッツ8,9月号
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2011/06/02