051a-#51転落のパーフォーマンス(前編)(Falling Performance -1)
阿部譲二作
定年退職した秘書課長が引続き顧問として勤務することになる。彼の元配下だった女が課長となり、彼はその部下としての身分を認識するために毎日彼女から卑しめられる。ハイヒール責めから始まり、昼食時の椅子にされ、潰れた罰として顔を尻に敷かれる。そして部下だった二人の女性主任の前で変態のパフォーマンスを演じさせられ皆の便器にされる。 |
パチパチパチと熱っぽい拍手が続く中を、退任の挨拶
を終えた川本賢三は、ゆっくり歩いて席に戻った。
ここは、都内にあるKT商事の会議室。
集まっているのは、秘書課の社員全員……と言っても
業務の性格上、元課長の川本を除けば全て女子である。
続いて前に立ったのは、川本の後を継いで、今日から
秘書課長に就任した平林君江だった。
「皆さん。今日からは私が、秘書課長を勤めます。……
御承知の通り、定年退職された川本前課長は、今後は顧
問としてこの秘書課で勤務されるわけですが、その仕事
の内容については、私が考えることになっています」
三十二歳の若さで課長職に抜擢された君江は、いささ
か緊張気味で、頬がボーッと上気している。
川本の脳裏には、十五年前に入社した頃の、あの匂う
様な君江の美貌がラップして浮かんでいた。
あのういういしい若さは、もはや望むべくもないが、
女盛りのむせる様な色香が、それを補ってあまりある。
やっぱり思い切ってプロポーズするんだったかな?
川本の胸に、微かな後悔がよぎった。
四年前に、川本が妻に先立たれた時がチャンスだった
のである。
病院で長患いの末に亡くなった妻との間には子供も無
く、君江とはそれまで数年もの間付合った仲だった。
やはり病院の妻に気兼ねして、肉体関係を結ぶところ
までは行かなかったが、君江とは毎週の様にデートして
共通の趣味である映画や芝居、それにナイトクラブでの
ダンスを楽しんでいた。
しばしば彼女と交した熱い口付けの感触は、今でも、
生々しく川本の記憶に実感として残っている。
川本の妻が亡くなった時に、君江はひそかに彼のプロ
ポーズを期待していたかも知れない。
しかし、ふた回り近い年の差が川本の決断を鈍らせ、
暫く逡巡している間に、優柔不断な彼を見限った君江は
サッサと若い恋人を作って、それっきり、彼から離れて
行ってしまったのである。
「平林課長。……私達の感謝の気持を込めて、川本前課
長に花束を贈呈したいのですが……」
今回、新しく主任に昇進した杉本真弓が、平林君江の
挨拶が終るのを待兼ねた様に、勢い込んで発言する。
当然、ただちに賛成するはずの君江が一瞬、絶句し、
暫く間を置いてから、ゆっくりと頷いたのが、何か不自
然なものを感じさせた。
ひとしきり高く響く拍手の中で、杉本真弓は、その同
僚でやはり主任に昇格したばかりの茅野澄子と二人で、
大きな花束を川本の前に運んだ。
目頭にちょっぴり熱いものを感じながら花束を受取る
川本の前で、杉本真弓は精一杯の微笑みを浮かべる。
「長い間、お世話になりました!」
茅野澄子が、隣りから実感を込めた言葉を添えると、
一同がいっせいに唱和した。
退任の置土産に、このお気に入りの二人を主任に昇進
させたのは、他ならぬ川本である。
二人共、川本が自ら面接して採用した短大卒で、同期
入社の二十七歳だった。
何れ劣らぬ美人揃いなのも、ひところのスチュワデス
並に、容姿端麗を採用の基準にしていた川本に負うとこ
ろ大である。
ただし、密かに庶務課へ転出を決めていた平林君江が
自分の後任になろうとは、実は川本も全く予想していな
かった人事だった。
四年前に分れてから、ことごとに突っ掛かる様な態度
を見せて来た君江は、川本にとって、傍に居られては、
いささか煙たい存在だったのである。
ともあれ、花束を受け取る川本にとって、横から眺め
る君江の冷やかな視線が何となく気になった。
そして、その川本の懸念は、数日を経ずして現実のも
のとなる。
昼休みに応接室に呼ばれて、平林君江と二人きりにな
った川本は、いきなり、彼女から高飛車な口調を浴びせ
られたのである。
「私はね、自分の部下は、それが例え昔の上司であって
も、きちんと部下として扱う主義なの。……だから、言
葉遣いもそうするわよ。……つまり、言い難いことだけ
ど、貴方のことは、これからは川本≠ニ呼び捨てにす
るし、お前≠ニ呼ばせて貰うわ」
「………………」
「だから、お前も、私に対しては敬語を使って欲しの。
……いゝこと? ちゃんとけじめをつけるのよ」
「そ、そりゃあ……君が……いや、貴女がどうしても、
そうしろと言うなら……」
「お前も最初は辛いと思うわ。……昨日まで自分の部下
だった女に、お前よばわりされて、顎で使われるんです
ものね。……でも、私は時間を掛けてでも、お前を教育
するつもりよ。……つまり、お前が心から私を上司とし
て敬う様にね」
「で、でも……教育って……いったい、どうやって?」
「それはね、お前と私の新しい身分の差を、お前に叩き
込むの。……それも、お前の心と身体の両方にね。フッ
フッフッ」
「………………?」
「具体的に言うとね、私の前では、お前が常に自ら進ん
で卑屈な態度を取る様に仕込むの。……そのためには、
これから毎日、少し宛、私の手でお前を卑しめてあげる
わ。……そう、恥ずかしくて私の顔がまともに見られな
くなるほど、嬲ってあげる。クックックッ」
平林君江の得意げな笑いには驕慢さが溢れていた。
「そ、そんな……貴女は、ぼ、ぼくにどんな恨みがあっ
て、そんなに……いや、もしかしたら昔のことで……」
動転した川本の口調は、次第に乱れる一方である。
「馬鹿ね。四年前にお前を捨てたのは私の方じゃない?
……私が頭にきてるのは、お前が、私を庶務課にほうり
出そうと企んだからよ!」
「ど、どうして、それを……」
川本は、思わず絶句する。
「私がいま付合ってる男は、人事部の清田部長よ。……
お前の小細工なんか筒抜けだったわ。……そうそう、彼
が言ってたわ。……お前は、最近、会社に借金して家を
買ったんですって? 金を返すまでは会社の嘱託を止め
るわけにいかないから、私にどんなに嬲られても反抗出
来ない立場だってね。フフフッ」
平林君江の嘲笑は、文字通り川本の耳を刺した。
そうだったのか!……どうりで彼女が課長になれたわ
けだ……でも、借金のことまで喋るなんて、清田のやつ
……
川本は、臍をかむ思いだった。
「じゃあ、早速、今から始めるわよ。……いやあね、も
う忘れちゃったの。……ソレ、お前を卑しめる話よ。…
…サ、そこへ四つ這いになって御覧。犬みたいにね」
胸にグッと込み上げるものを抑えて、川本は女の足元
に四つ這いになる。
その川本の頭を、ソファーに座った君江のハイヒール
が捉えた。靴先で顎をこじ上げながら、もう一方の靴底
が川本の顔を蹂躙する。
反抗出来ぬまゝ、自分の部下だった女に嬲られる無念
さに、川本の顔がドス黒く紅潮した。
「ホラホラァ……分った? 自分が卑しめられてること
が。……分ったら言って御覧。今、どんな気持かを正直
にね」
君江の靴先が川本の唇を割って口中にねじ込まれる。
「ウ、ウッウッ……く、くやしいー!」
「へー、くやしいですって?……それじゃ落第ね。……
言って御覧……君江様に卑しめて頂いて幸わせです。
……もっともっと辱めて下さいってね。クックックッ、
あゝおかしい!」
胸を引き裂かれる様な口惜しさの中で、川本は、君江
に言われた屈辱の科白を、絞り出す様に呟く。
きれぎれに口から洩れる言葉と共に、無念の涙が川本
の頬を伝った。
その涙を、さらに無情のハイヒールが踏み躙り、汚れ
が彼の顔を鼠色にくまどる。
昼休みをオーバーしてたっぷり一時間余りも嬲られた
後、漸く解放された彼は、洗面所で顔を洗いながら改め
て口惜し涙にくれた。
そして平林君江のその卑しめ≠ヘ、それ以来、二人
の毎日の日課となったのである。
最初の一週間は、もっぱらハイヒール責めに終始した
が、その週の終りに、君江は来週から少し内容を変える
と言い出した。
「……それに昼休みは用事が入ることが多いから、簡単
に済ませることにして、……あとは役員さん達がお帰り
になったあと、五時以降にしましょう」
そして、その翌週。
昼食時に地下の社員食堂へ行こうとしていた川本は、
弁当持参の君江に呼び止められて、そのまゝ応接室へ連
れ込まれた。
「私が食事する間、椅子になって頂戴」
隅のテレビをつけながら川本に命じた君江は、言われ
るまゝに四つ這いになった彼の背に豊尻を据える。
その重身は、彼女が食事をとる間に次第に圧迫感を増
し、支える川本の両腕に堪え難い荷重をもたらした。
そして、君江が茶を注ぐために一瞬腰を浮かし、再び
はずみをつけて腰を下ろした時に、限度に達した彼の肘
が折れ曲り肩が崩れ落ちる。
それまでの彼の苦しげな態度から、或程度予想してい
たとみえ、君江はとっさに腰を上げ、辛うじて転落をま
ぬかれた。
「駄目じゃないの! もう少しで怪我するところだった
わ。……罰として、そこへ仰向けに寝なさい」
そして……床に横たわった川本の顔を跨いだ君江は、
おまむろにスカートをめくると、彼の顔の上へまともに
腰を下ろした。
白いパンティーが視野をかすめた後、生臭い尻臭が、
ムーッと川本の鼻を覆う。
幸い、床に厚目の絨緞が敷いてあったので、後頭部に
痛みは無かったが、女の尻に顔を敷かれる屈辱は、彼の
胸をかきむしった。
しかも、ピッタリと顔を覆う股間の隙間から、必死で
呼吸する度に、饐えた女の性臭がツーンと脳神経を刺激
する。
そして、君江の辱めは、更にエスカレートした。
暫く尻臭をたっぷり嗅がせた後、尻を浮かせて素早く
パンティーを脱いだ彼女は、狙いを定めて彼の唇の上へ
じっとりと湿ったアヌスを当てがった。
「キスするのよ!……それもディープキス。……自分が
どんなに卑しめられているか、十分認識しながら、その
汚れを味わいなさい!」
スカート越しに聞こえる君江の声に促され、その酸味
のある湿りを味わいながら、川本は、女の尻の下で無念
さに身もだえした。
「そう、今度は舌の先を丸めてそこへ差し込んで御覧。
……どんな味がする? サ、これで、自分の身分がよく
分ったでしょう。フフフッ」
男の屈服を尻で感じ取った君江は、勝誇った含み笑い
を洩らす。
やけ気味に舌を動かす川本の口中には、アヌスの襞に
付着していた滓が溶け込み、刺す様な渋味が広がった。
昼食の時間を利用して、彼への卑しめ≠、彼女の
謂う♀ネ単≠ノ済ませた君江は、五時になると、再び彼
を応接室に呼び付ける。
昼の辱めの余韻で、川本は君江の前に四つ這いになっ
たものゝ、彼女の顔をまともに見られなかった。
「フフフ、少しは恥じというのを知ってるのね。……女
に尻まで舐めさせられた男、それがお前よ。……よく頭
に刻んでおくのね。……でも、忘れない様に、別なやり
かたで復習しましょう」
君江は、スカートに手を入れ、パンティーを脱ぎ取る
と、これ見よがしに川本の目の前にかざした。
股間の部分が黄色く染みになり、その中心に褐色の澱
が走っていて、見るからに不潔感を誘う。
「私ね、生理が近いと澱物が多いの。……それに、昨年
痔の手術をしてからは、どうしてもパンティーの汚れが
目立つわ。……一寸、臭いを嗅いで御覧」
と、君江の手がスッと伸びて、川本の鼻をパンティー
の汚れた部分で覆う。
先程、顔を尻に敷かれた時に経験した馴染みの香りが
鼻孔を襲った。
「口を開けて!……そう、全部口に入れるのよ。……唾
を出して湿したら、歯で軽く噛む様にして、汚れたお汁
を吸いなさい」
君江の手で、川本の口中に、その汚れたパンティーが
すっぽりと押し込まれる。
「そうよ、その調子。……お前の口はまるでパンティー
の自動洗濯機ね。……まあ、汚ならしいこと!」
チューッとを立てゝ、おぞましい汚液が次々と彼の咽
喉へ吸い込まれていく。……それを見守る君江の目に、
強い軽蔑の色が浮かんだ。
ペッ≠ニ多量の唾が川本の顔に吐き掛けられる。
突然のことで、まともにそれを額に受けた彼の顔が、
屈辱にクシャッと歪んだ。
唾が垂れて目に入り、視界がボーッとぼやける。
それは君江の軽蔑の宣言であると同時に、川本の転落
を決定付けるセレモニーでもあった。
こうして、君江の所謂卑しめ≠ェ、手を変え品を変
えて約一月余も続いた結果、彼女の意図した通り、川本
の態度は次第に卑屈さを加えていったのである。
そして、或時、川本の前にとんでもない難問が君江か
ら持ち出された。
「お前の後を継いで秘書課長になってから二ケ月近くに
なるけど、少し困ったことになってるの。……そこで、
是非お前の協力が要るのよ」
君江は何時になく真顔である。
「お前が、やめる前に推薦して主任にしたあの二人ね。
……そう、杉本真弓と茅野澄子よ。……彼女等が、どう
しても私に心服しないの」
「………………」
「その理由は、はっきりしてるわ。……つまり、二人共
お前のことを、未だに尊敬して慕っているからよ。……
この問題を解決するには、二人のお前に対する尊敬心を
叩きつぶして、二人にお前をウンと軽蔑する様に仕向け
る必要があるわ」
「でも……そんなことは不可能で……」
「ところが、お前が協力すれば可能なのよ。……つまり
お前が、二人の軽蔑を買う様なパーフォーマンスをすれ
ばいいのよ。……そう、演技ね。……勿論、お前の本心
からと見せかけるのが絶対条件よ」
君江は、ジーッと川本の目を覗き込む。
「私が、今までお前を卑しめ続けて来たのも、一種の私
のパーフォーマンスかもしれなくってよ。……フフフ、
でも、始めはそうだったにしても、今では私は本心から
お前を軽蔑しているわ。……つまり、最初は演技でも、
その内にそれが本心となるかもしれないってこと」
「………………」
「それで、私が一切のシナリオを書くから、お前はそれ
を忠実に実行するのよ。……いゝわね、これは私の絶対
命令よ」
君江は一方的に宣言する。
二ケ月近くも嬲り抜かれて、すっかり君江に対する卑
屈さが身に付いた川本には、最早、それに反抗する気力
は残っていなかった。
そして、一週間程の後、彼の強いられたパーフォーマ
ンスを実行する舞台の一幕目が蓋を開ける。
場所は女子社員専用のロッカールームだった。
課長の平林君江に言われて、独り長時間の残業をした
主任の杉本真弓は、疲れた身体を引きずる様に、人気の
無いロッカールームに着替えに入った。
微かな物音に不審の念を抱きながら、真弓はドア横の
スイッチをまさぐって点灯する。
途端に彼女は、アッと驚きの声を上げた。
戸口の近くにある彼女のロッカーの扉が開かれ、その
前に踞って、何やらモソモソと手を動かしている男がい
る。……灯が付いた途端、彼女の方を振り向いたその顔
は、まぎれもない川本だった。
「川本さん、そんなところで一体何を……」
と言いかけた杉本真弓は、思わず息を飲んだ。
彼女の目に写った川本は、その片手でロッカーに入れ
てあった真弓のハイヒールをしっかりと掴んで、顔に押
し当てゝいる。
もう一方の手は、前をはだけたズボンの中に差し込ま
れていた。
「ア、アノー。……杉本さんの靴の臭いが嗅ぎたくて、
……それで、こうして、オナニーを……何しろ、女性の
臭いに飢えているもので……」
川本は、如何にもオドオドとした態度を装う。
「でも、呆れたぁ。……元課長の川本さんが、そんなこ
とをするなんて……」
「実は……課長時代から、今までにも何回も、このロッ
カーで……靴だとか、パンティーだとかを探して……」
川本のパーフォーマンスは真に迫っていた。
「まあー、あの川本課長さんが、こんな変態と同一人だ
なんて……」
杉本真弓の嘆声は心からのものだった。
「お、お願いです。……杉本さんの……いま穿いている
パンティーを、ぜ、ぜひ私に……」
川本は、君代に言い含められた通り、杉本真弓の足元
ににじり寄って、その形の良い足に手を掛ける。
キャッと悲鳴を上げて飛びのいた真弓に、なおもにじ
り寄る川本。
その頭を彼女の部屋穿きのサンダルが襲った。
頭を蹴られて仰向けに倒れた男の喉元を、真弓の足が
踏み付ける。
「いやらしい! みそこなったわ。……いままで、こん
な変態を尊敬していたなんて!」
真弓は怒りにまかせて、川本の顔を、サンダルの底で
繰り返し踏みにじった。
身繕いをして足音荒く真弓が立ち去った後、川本は放
心した様に床に横たわったまゝである。
「フフフッ、上出来よ。……信頼していた部下の女に、
軽蔑され、足蹴にされた気分はどおお?」
嘲笑いながら、蔭に隠れていた君江が近付く。
「次は、第二幕が待ってわ。……ところで、真弓に断わ
られたパンティーは、私の分を恵んでやるから、そこで
舐めて清めなさい」
フワリと顔に被さる君江の汚れたパンティーに、馴染
みの臭いを嗅ぎ分けながら唇を寄せ、川本は、今さらの
様に転落した我身を噛みしめるのだった。
(続)
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1991年12月スピリッツ12,1月号
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2010/12/16