030-#30転落した出向社員
                 阿部譲二作

株主総会で大失敗を演じた課長が降格され傍系会社に転出させられる。そこでの彼の上司はかって散々しごいた部下の女性だった。「昔の仕返しをたっぷりしてあげる!」と宣告された男は、お茶汲みにトイレ掃除にとこき使われ、ヘマをした罰に土下座させられ頭を踏みにじられる。やがて自宅に住み込みで使われるようになり夫婦の夜の慰み物にされる。

 朝九時の始業ベルが低く鳴りわたると、北
村建造はセルフサービスの湯呑茶碗を手に、
おもむろに、くすんだ壁紙に囲まれた顧問室
の片隅にある席に付く。
 と言っても、特に急ぎの仕事があるわけで
はない。彼に与えられているのは、「社史の
編集」という謂わばデイリーの実務とは縁の
遠い、不急の仕事だった。
 K紡績に入社以来、総務畑で二十余年を過
したベテランの北村が、第一線を外されて、
この閑職に回されてから、もう半年になる。
 丁度一年前、秘書室の主任から総務部の管
理課長に昇進した時の彼は、文字通り生気を
漲らしていたものだった。
 役員の雑務を担当する秘書室で、謂わば女
子職員達の監督に明け暮れていた立場から、
一転して第一線の陽の当たる場所≠ノ躍り
出たのだから無理も無い。
 ところが、これまで女子社員から鬼主任と
恐れられていた彼の厳しさ、そして、性急な
功名心が、やがて新しい職場で不協和音をか
もし出すことになる。
 その結果、K紡績の管理課長としての最大
の役目である株主総会の運営で、とうとう、
決定的な失敗を犯してしまったのである。
 それは彼の能力不足と言うより、不慣れか
ら来る事前の根回しの不十分さと、何でも自
分で取り仕切ろうとする態度で部下の信頼を
失ったのが原因だった。
 ともあれ、総会屋達の野次の中で、K紡績
の株主総会は流会となり、壇上で晒し者にさ
れた社長以下重役達は、意外な事態に茫然と
するばかりたった。
 激怒した社長のひと言で、即日、北村は管
理課長の職を解かれ、顧問室行きとなってし
まった。
 私生活では、北村は子供が無く、三年前に
妻に先立たれて以来のやもめ暮しである。
 五十六歳の定年までは未だ十年余を残して
をり、誰が見ても、このまゝ顧問室で埋れる
年ではなかった。
「北村さん、総務部長がお呼びですよ」
 顧問室のドアから中を覗き込む様にして、
部長秘書の女の子が声を掛けた。
 重い足を引きずりながら部長室に向かう北
村の胸が、悪い予感に騒ぐ。
「やあ、北村君。久し振りだな。まあ掛けた
まえ」
 赤ら顔の総務部長は、でっぷり太った身体
を革張りの回転椅子に沈めたまゝ、机の前に
置かれた腰掛けを顎で指した。
 考えてみれば、北村が顧問室に配置替えに
なってから初めての対面である。
「実は、君の今後の身の振り方だがな。……
何時迄も顧問室に置いとくわけにもいかん。
……どうだ、この際、うちの子会社のY繊維
に出向してくれんか」
 部長の言葉は柔かかったが、否応言わせぬ
響きが込められていた。
「あ、あのぉ。……Y繊維と言えば、あの、
婦人下着の……」
「そうさ。最近は婦人下着もファッション化
されて、利益率も上って来ている。製品の性
格から、社員の殆どが女性だが、ナーニ、気
にすることはない。……そうだ、君は秘書室
の時代から、女の中で仕事するのに慣れてる
筈だったな。………ワハッハッハッ」
 とってつけた様な笑いだった。
 一方、北村にとっては思っても見なかった
職場への出向命令である。とっさのことで、
考えもまとまらなかった。
「で、でも……Y繊維での私の仕事は一体…
……」
「そのことだがな。本来なら君のキャリアか
らすると、出向先では当然管理職に付いて貰
うべきなんだが、……社長の意向もあって、
今回はY繊維の庶務見習いと云う資格で行っ
て貰う。君も不満だろうが、まあ我慢してく
れたまえ」
「庶務見習いですって! じゃあ、入社した
ての中学出の女の子並じゃないですか。高卒
の女子社員より低い地位ですよ。そんな資格
で私が、四十面下げて出向出来るわけがない
ですよ!」
 憤然とする北村を制する様に、総務部長は
そのぽってりとした掌を挙げた。
「まあ、そう興奮するな。これはな、実は、
一種の懲戒処分なんだ。半年前の株主総会で
君が大失敗をした時に、社長は君を懲戒免職
にするといきまいたんだが、我々が協議して
何とか処分保留のまゝ顧問室勤務と云うこと
で収拾した。従って、今度の出向命令はその
時の決着をつけることにもなるんだ。………
勿論、この際、君が出向を拒否するのは自由
だが、そうすると必然的に、職務命令違反で
君は懲戒免職になる。そこの所を良く考える
んだな」
 最後は抑え付ける様な口調になりながら、
総務部長の目は先程と一転して冷たく光って
いた。
「し、しかし、……そんな屈辱的な出向なら
いっそ会社を止めた方が……」
 情なさのあまり、思わず北村の目が潤む。
「君は、確か会社の住宅貸金を利用している
筈だな。会社を止めるとなると、それも直ち
に返済しなきゃならんが、懲戒免職だと退職
金は一銭も出ない。それでも良いのかね?」
「………」
「それに、前回の株主総会の流会で、会社は
金銭的にも莫大な損失を蒙っている。君が社
員でなくなったとすると、会社は君に損害賠
償の訴訟を起すことだって考えられる。……
まあ、悪いことは言わん。黙って出向命令に
従うのが君の為だぞ」
 がっくりと頷垂れた北村の顔に諦めの表情
が浮んだ。説得が成功したと見て、総務部長
の声音が穏やかさを取り戻す。
「じゃあ、御苦労だが明日から早速新しい勤
務先へ出社してくれたまえ。……今迄、女の
子を顎で使っていた君が、今度は逆に女達に
部下として使われる身に成る。……それも、
何かの因縁と諦めるんだな。フッフッフッ」
 部長の含み笑いを耳に残しながら席へ戻る
北村は、余りのショックに足取りも乱れ、目
も虚ろだった。             
 その翌日、郊外の工業団地の一角にある、
Y繊維の人事部に出頭した北村は、庶務見習
いの辞令を渡され、配属先の総務課へ案内さ
れた。そして、そこではもうひとつの大きな
ショックが彼を待ち受けていたのである。
 K紡績の系列会社のひとつであるY繊維は
スタイリッシュな各種女性下着を売り物に、
最近急成長した小規模な会社である。
 元々、家庭の主婦で構成される地方の家内
工業が母体となっていたことゝ、製品が外か
らは見えない女性の肌身に付けるものである
ことから、社内幹部の一部を除き、従業員の
殆どを女性が占めていた。
 北村の配属された総務課は、社内の庶務事
項全般、並びに社外への文書の受発信を担当
する部門である。タイピストを含めて二十名
内外の課員は、全員若い女性であり、課長も
三十代のキャリアウーマンだった。
 明るい窓際にある課長席では、キリッとし
た顔立の女性が、白いカバーの掛かった椅子
に身を沈めて電話中である。その前に立った
北村は、彼女の顔を見て、思わずアッと驚き
の声を洩らした。
 前田恵子……そう、昔彼の部下だった女が
そこに居たのである。
 十年前、秘書室主任として脂の乗り切って
いた北村のもとへ配属された彼女を、彼は、
徹底的にしごいた覚えがあった。
 高校卒で入社した女子社員と違って、短大
ではあるが一応大学卒の彼女は、美人特有の
どこかツンとしたところがあり、北村の目に
はどことなく小生意気に写った。
 おまけに、自分で正しいと思ったことは、
なかなか自説を曲げない。
 北村としては、有能ではあるが従順さに欠
ける、そうした彼女を矯正し教育する………
それが上司の立場である、と自分に言い聞か
せた。そして、彼女には意識してことごとに
辛く当ったのである。
 しかし、人間の相性の悪さというものは、
どうしようもない。何かにつけて反抗的な彼
女の態度に、北村の方も意地になってしつこ
く叱り付けることが多かった。
 そのうち北村も、言葉でいくら叱っても泣
顔ひとつ見せない女のしたたかさに、次第に
憎しみさえ覚える様になる。そして、彼女に
様々な罰を与え始めた。
 誰もがいやがる仕事を彼女に命じたり、時
には、皆の前で彼女の頬を平手打にしたこと
さえある。傍目にも、それは、もうしごきの
段階を越えて、いじめの域に達していた。
 二年程たって、彼女が退職を申し出た時に
は、正直、彼も内心ホッとしたものだった。
 その前田恵子が、彼の出向先の上司として
忽然として現れたのである。北村の内心の驚
きと狼狽は、ひと通りではなかった。
 やっと電話を終えた恵子は、机の前に立ち
すくんでいる北村に視線を移してニヤリとし
た。十年前に較べて頬のあたりがふっくらし
たが、いかにも勝気そうな美貌は昔のまゝで
ある。
「随分久し振りね。変りはない?……そうそ
う、お前、三年前に奥さんを亡くしたんだっ
てね。私は、丁度その頃に結婚して、高橋に
姓が変ったわ」
 聞き覚えのある柔かいアルトの声音が、心
なしか少し弾んでいる。昔の部下の女性に、
いきなりお前≠ニ呼び掛けられて、北村は
今更ながら、立場の違いを認識させられる思
いでグッと胸がつまった。
「今日からお前は私の部下。そして、お前の
庶務見習い≠フ資格はうちの課で一番低い
身分よ。……どおお? どんな気分? こゝ
では、お前の身分にふさわしい仕事をやって
貰うわ。そして……フフフ、昔の仕返しを、
タップリしてあげる。それも骨身にこたえる
様にね」
 何と言うことだろうか。出向社員として系
列会社にとばされた挙句、昔の部下の女子社
員に使われ、いじめられる……それは、北村
にとって新しい屈辱と忍耐の日々が始まった
ことを意味していた。
 Y繊維は、可成り大きな規模の縫製工場を
持っている。そこで働く女子工員は二直勤務
で、早番の組は、朝暗い内から作業を始めて
いた。
 従って、同じ会社の事務部門である、総務
課、勤労課、デザイン課に勤務する社員達も
始業時間が早い。
 それに、この地区では未だ交通機関が整備
されておらず、本数の限られた郊外バスに頼
るしかなかった。
 社員の多くが、この土地の住人ではあった
が、遠隔地に家を持つ社員の為に、工業団地
の外れにY繊維の社員寮がある。
 北村も、今までの住居を引き払って、この
社員寮に入居することになった。と言っても
庶務見習いの身分では、設備の良い職員寮に
入る資格はない。しかも、女の中の男ひとり
である。
 従って、北村には、女子工員寮の片隅にあ
る物置があてがわれた。埃だらけの狭い部屋
で、畳の代りに敷かれた虫食いだらけのござ
の間から木の床がのぞき、隣りの汲み取り式
の便所から異臭が洩れてくる。
 そして、もっとましな部屋をとの北村の要
求も、冷たく無視された。
 こうして始まった寮生活も、会社での勤務
の辛さに比べれば、ものの数ではなかった。
 課長の前田、いや、今では高橋恵子が彼に
与えた最初の仕事は、朝と午後の二回の課内
全員へのお茶の給仕である。それは、この会
社での彼の身分を、そしてこれ迄の立場から
転落した落差を改めて彼に認識させた。
 給湯室でおしゃべりに余念のない若い女の
子達の前で、お茶の準備をする北村に、彼女
等の好奇の視線が浴びせられる。
 そして、大きな盆に、茶を満たした大小と
りどりの個人用の茶呑みを載せて、ぎごちな
い手付きで配って回る彼の姿は、哀れを通り
こして滑稽ですらあった。
「お茶がぬるいわよ。もう一度、いれ直して
おいで! ソラ、みんなの分もだよ。本当に
ドジったらありゃしない」
 恵子の情け容赦のない言葉が飛ぶ。ぐっと
唇を噛みしめて、茶呑みを集めて持ち帰る彼
の背に、心ない女子社員達のクスクス笑いが
伝わった。
「まずいよ! お前、お茶もろくに入れられ
ないんだね。それで、よく今まで課長面して
いられたもんだ」
 入れ直してきた茶を、ひと口啜った恵子の
文句に黙って俯く北村を、更にいたぶる様に
嵩にかかった女の声。
「お前、上司に叱られたら、ちゃんと謝るん
だよ。ホラ、そこの床に手を付いてね。……
サア、どうしたんだい。私の言うことが聞け
ないのかい?」
 ぐっと込み上げる熱いものを呑みこむ思い
で、北村は恵子の足元の床に手を付いた。
「それで謝っているつもりかい? 頭が高い
よ。ホレ、こうするんだよ」
 女のハイヒールが彼の後頭部に掛けられ、
グイと額を床に押し付ける。そのまま恵子の
体重がヒールにかかり、繰り返して彼の頭を
にじった。哀れにも北村の顔面は床に強く押
し付けられたまゝである。
 女子社員達の面前で、これ見よがしに与え
られた思いも掛けない辱めに、彼の頭には、
カーッと血が上り肩がワナワナと震えた。
「フフフッ、判ったかい? 自分の身分を思
い知ったかい?……判ったら、お礼を言うん
だよ。謝まり方を教えて頂だいて有難うござ
いますってね!」            
 床に押しつけられた男の唇から、くぐもっ
た声が洩れ、恵子の言葉を繰り返す。
 足元に踏み敷いた男の屈服を確認して、さ
も満足げな恵子の含み笑いが、クックックッ
と北村の耳に響いた。途端に、こらえ切れな
くなった男の口から、低い嗚咽が洩れる。
「フン、良い気味だわ! これで思い知った
かい? ホラ、ホラ、ホラァ」
 恵子の足が、北村の頭をグラグラと揺する
と、彼の顔が、鼻が繰り返し床を擦る。
 女の足元で平蜘蛛の様に四つ這いに平服し
たみじめな姿勢で、恵子の辱めを受ける北村
の目からは、口惜し涙が止めどもなく流れ出
して床を濡らした。
 お茶汲みの次に命じられたのは、女子トイ
レの清掃だった。トイレの奥の壁には鏡が取
り付けられ、女の子達が入れ替り立ち替り、
化粧直しをしながら、おしゃべりに花を咲か
せている。
 彼女等の軽蔑の視線を浴びながら、便器の
清掃を続けるのは、男の自尊心を甚だしく傷
付ける作業だった。
 しかも、目の前で、雑巾を手にトイレの床
を這い回る北村の姿は、彼女達に格好の話題
を提供した。それに、彼を軽蔑し切っている
女達は、彼の面前で、平気で彼を話の肴にす
る。そして彼が屈辱に顔を赤らめ、目に涙を
溜めるのを面白がった。
「ネ、ネエ、こいつ、昔はK紡績で課長だっ
たんですって?」
「そうよ。仕事で大変なミスをして懲戒処分
になったんだそうよ」
「ソーカー。だから、こうしてトイレ掃除ま
でさせられてるのね。可哀ソー」
「この格好見てたら、可哀そうって感じはし
ないわ。むしろ滑稽よ。ウフフッ」
「でも、人間こゝまで落ちたら、おしまいだ
わ。……男ならも少し恥と云うものを知るべ
きよネ」
「そう、その通りよ。この前、こいつが高橋
課長にお仕置された時なんか、情けなくって
見てる方が恥ずかしかったわ」
「アラッ、私、見てなかったわ。どんなこと
されたの?」
「それがね。お茶の入れ方がまずいって、床
に手を付いて謝らされたのよ。そしたら、頭
を課長に土足で踏まれてサ、顔を床に擦り付
けられたってわけ」
「そうそう、全く見物だったわよ。でも、高
橋課長は、昔K紡績に勤めてた時、こいつの
下で散々いじめられたんですって。これから
は、たっぷり仕返しするそうよ」
「フーン。昔部下だった年下の女に毎日嬲り
者にされる男かァー。……お前、ちょっと顔
を良く見せて御覧。……どうしたの? 恥ず
かしくて私達の顔がまともに見られないの?
……アラアラ赤くなって。フフッ、やっぱり
恥ずかしいんだわ。クックックッ」
 北村が、社内の六ケ所にある女子トイレを
次々と掃除に回ると、きまって、こうした会
話が目の前で交される。その度に、自分のみ
じめさを思い知らされる毎日だった。
 当面、お茶汲みとトイレ掃除以外には、こ
れといった仕事の無い北村には、仕事の合間
に座る事務机も与えられていない。
 掃除の終った後は、課内の片隅に置かれて
いる会議用のテーブルの前に、所在なげに座
っている他なかった。
「北村、ちょっとここへおいで」
 恵子に呼ばれて、ぴくりと身体を震わせ、
急ぎ足で課長席の前に立つ。
「お前、今、何処に座ってたんだい?」
「………」
「あそこはね、お前の席じゃなくて、会議の
ための場所なんだよ」
「す、すいません。これからは座りませんか
ら、どうかお許し下さい」
 この十日間程の間に、めっきり態度が卑屈
になった北村だった。
「お前の居る場所はね、……そうだ、あそこ
の壁の前がいいわ。用が無い時は、あそこに
立ってなさい。勿論直立不動よ」
 恵子の命令調の言葉もすっかり板に付き、
北村に威圧感を与える。
あの、昔の小娘が!
 と内心では思って見ても、所詮、今の現実
には勝てなかった。
 課長席の向いの壁の横には戸口がある。
そこから出入りする従業員達は、すぐ横に、
身体を固くして立っている北村を見て、一様
にオヤッと云う顔をした。
 傍の席の女の子達は、身体を硬直させたま
ま視線のやり場に困っている彼の顔を、チラ
チラ横目で見やってはクスクス笑っている。
「まるで、宿題を忘れて、立たされてる生徒
みたい!」
 ひとりが言うと、一斉に笑いが拡がった。
北村の顔が、無念さに紅潮する。
 こうして総務課内での彼の庶務見習い
の立場が、全員に実感として定着し、今年入
社したての女子社員までが、彼を馬鹿にして
色々と命令する様になった。それも、面白半
分に無理難題を持ちかけては、北村を困惑さ
せ、退屈しのぎにするのである。
 集団心理と云うのは不思議なもので、課内
で北村をからかい、いたぶるのが当然の行為
として認められると、全員が、ことごとに彼
を嬲り、いじめる様になった。所謂、集団い
じめの心理である。
 これに対し、北村の反抗は一切許されなか
った。勿論、多勢に無勢の譬え通り、女とい
えども数を頼んでの力には抗すべくもない。
 しかし、北村の耳の奥には、部長の、
「君、出向期間はね、一応五年が相場になっ
てるんだが、君の場合は特別だ。もし、出向
先で上司に反抗したりすれば、帰社のチャン
スは永久に失われると思いたまえ」
 の言葉が刻み込まれていたのである。
 それに、恵子には昔の負目がある。
 我ながら情けなくなる程、卑屈な従順さで
女達の言いなりになって行った。
 そうした彼の態度に反比例して、女達の思
い上った態度は、益々エスカレートして行く
一方だった。
「お前、ちょっとお使いに行っておいで」
 壁に立たされた形の北村に、傍の机の女の
子が声を掛けた。入社したての目鼻立のはっ
きりした女で、唯一の目下である彼に、殊更
辛く当ることが多かった。それも、先輩に注
意されての腹いせを、彼にぶつけて来るので
ある。
「会社の前の洋品店、知ってるでしょう。…
…あそこで、私のパンティーを買って来て欲
しいの。それと、アンネのたんぽんもね」
 周囲の机から、彼の困惑振りをを揶揄する
様なクスクス笑いが起った。
「パンティーの柄はね、今私が穿いてるのと
同じものを買って来るのよ。いゝわね」
「で、でも、今の柄が判りません」
「馬鹿ね。こうして立ってゝやるから、下か
ら覗いて御覧」
 足を開いて立ち上り、ぐっと伸びをする女
の足元で、彼は四つ這いになり、スカートの
中を覗き込んだ。
「どおお? スカート覗きの感想は。………
ホラ、何時まで覗いてるんだい。サッサと行
っといで!」
 ポンと肩を蹴られて、よろめきながら立上
る。流石に無念さで頭に血が上った。
 洋装店での買物も、店の女店員に好奇の目
でジロジロ見られ、穴があれば入りたい心境
だった。しかも、やっと買って帰った品物に
女のクレームがついたのである。
「これ、柄が違うわよ。私のは苺の図柄よ。
これは花模様じゃないの。お前、一体どこに
目をつけてるの?」
「………」
「しょうがないわね。これで勘弁してあげる
から、罰として私の汚れたパンティーを洗濯
しなさい」
 洗面所の片隅で、こっそりアンネの赤い泌
みのついたパンティーを洗う彼の姿が、運悪
く同じ課の女達の目に止り、新たないじめの
種となった。
「お前、女のパンティーを洗うのが趣味なん
だって? 本当かい?」
「やっぱり変態なんだね。もっとも、女性の
下着メーカーに入社して来たんだから、パン
ティーに関心があるのは当然かもね」
「お前、明日から毎日、私のパンティーを洗
いなさい。トイレの奥のバケツの中に入れと
くからね。ウフッ、これは命令よ」
「私のもよ。お股の汚れをよく手で揉んで落
とすのよ。……そうだ、お前、うちの課の全
員のパンティーを毎日洗濯したらどお?……
とっても、お前にふさわしい仕事じゃなくっ
て?」
 こうして、翌日から総務部の横のトイレの
バケツには、色とりどりの汚れたパンティー
が投げ込まれる様になった。
 中には、股間の当る部分が、べっとりと褐
色に汚れて異臭を放っているものもある。
 それを丹念に水の中で揉み洗いをする彼の
姿は、女達の軽蔑と嘲笑の的になった。  
 Y繊維のある工場団地は、農地に続く山間
を切り開いて造られている。未だ歴史が浅い
せいか、周囲の道路の整備が進んでいない。
バス停のある舗装道路から会社の通用門まで
の間は、短かい距離だが土がむき出しの田圃
道だった。
 当然、女達の靴には土埃が付く。それも、
雨の日には道がぬかるみと化し、会社のロッ
カー室では、出勤して来た女の子達の間で靴
を拭う雑巾が引っ張りだこだった。
 トイレの掃除道具入れに雑巾を取りに行か
された北村は、ついでに彼女等の靴を拭う様
に命じられた。
 雑巾を持ってロッカー室の入口の床にうず
くまった彼の目の前に、次々と女の足が突き
付けられる。その汚れを拭い、あと乾いた布
で水気を拭き取る作業自体は簡単だった。 
 しかし、女の足元に身を屈め、彼女等に見
下げられながら、清めを強制されるみじめさ
が、彼の胸を突いた。
 勢い、手の動きも次第に鈍り、清めもおざ
なりになる。
「アラッ、ちょっと、気をつけてよ! そこ
はソックスよ。……アラアラ、こんなに汚し
ちゃって。ダメじゃないの!」
 頭の上から降って来たトゲトゲしい女の声
に、思わずハッとした。泥を拭った雑巾が、
はずみで、足首まではみ出したのである。
 しかも相手が悪い。課長の恵子の下で主任
の肩書を持った古株のオールドミスである。
「す、すみません……」
「すみませんじゃ、すまないわ。お前みたい
なドジは、言葉で注意されただけではダメな
のよね。……ソラ、口を開けて御覧!」
 目の前でスリッパに穿き換えた女は、いぶ
かしげな北村の開けた口の中へ、脱いだばか
りの片方のハイヒールの踵を、いきなり手で
押し込んだのである。
「アッ……ウッ、ウー」
  思い掛けない女の仕打に、悲鳴に似た呻
き声が洩れる。
「ホラ、もうひとつよ!」
 もう一方のヒールが続いて押し込まれた。
砂混じりの苦い土の味が、屈辱の味が、北村
の口中に拡がって行く。
「そうやって、暫く私の靴の底を味わいなが
ら仕事をしなさい。………ウフッ、とっても
良い格好よ!」             
 唇の左右に、深々と靴の踵をくわえさせら
れ、両頬からまるで鯰ひげの様にダラリと黒
いハイヒールが垂れる。
 その滑稽な姿に、ロッカー室の女達も思わ
ず噴き出してしまった。
 こうした小さな事件を通じて、女達の北村
への軽蔑が次第に深まり、まるで犬猫を扱う
様な態度で彼に接する様になる。
 一方、北村の方は、毎日女達に嬲り者にさ
れている内に、彼女等を自分より身分の上の
支配者として、抵抗無く受け入れる様になっ
て行った。
 しかし、時折、つい先日迄課長としてこう
した女達を顎で使っていたことを思い起すこ
とがある。そんな時に、若い女達に罵倒され
辱められると、自分の転落の程がまざまざと
意識され、ひとしお、みじめさ情けなさを感
じるのだった。
 そして、それから三日目の朝のことであっ
た。恵子に呼ばれて机の前にかしこまった北
村に、彼女の不機嫌そうな叱声が浴びせられ
た。
「お前、この頃うちの課の女達のパンティー
を洗濯してるんだってね」
「は、はい。先月から始めております」
「誰がそんなことしていいって言ったの?」
「………」
「いいかい。パンティーの洗濯が悪いって言
ってるんじゃないのよ。お前が私に報告する
のを怠ったことを責めてるのよ」
「き、きがつきませんでした。報告が遅れて
申し訳ありません」
「申し訳ないで済むことじゃないでしょう。
お前、私をないがしろにするつもりなの? 
エ、どうなの?」
 黙って頭を垂れている北村を見積める恵子
の目に、妖しい光が宿った。
「お前、罰として、今日から私のパンティー
も洗いなさい。それもね……フフッ、お前の
口の中で洗うのよ」
「く、口の中でって……」
「判らないの? お前の口の中に、私のパン
ティーの汚れた部分を入れて、奇麗になるま
でたっぷりとしゃぶるのよ。クククッ、きっ
と、おいしいわよ」
 途端に北村の顔が、カーッと紅潮した。
「そ、そんな馬鹿な!」
「馬鹿とはなによ。失礼な!……それとも、
お前、この私の言うことが聞けないとでも言
うの?」
「………」
 景色ばんだ恵子の様子から、彼女が本気で
その屈辱的な行為を彼に強制しようとしてい
る事を察し、北村の顔はサーッと蒼ざめた。
「ど、どうか、………か、かんべんして下さ
い。今度から、二度と報告を怠ることのない
様に注意致します。……ほ、ほんとうです。
お、お願します!」
 彼のうろたえぶりは、傍目にも滑稽な程だ
った。恵子は椅子の背に身体を預けて、懸命
にかきくどく男の顔を、面白そうに眺めてい
る。それは、追い詰められた鼠のあがきを見
て楽しむ猫そのものだった。
「遅いわ。もう手遅れよ」
 冷い女の声。北村の背筋にスーッと冷たい
ものが走った。
「お前、昔、私に対して自分のしたことを忘
れちゃいないわね。そう、お前が忘れたとし
ても、私ははっきり覚えてるわ。……私ね、
あの頃、お前に会社でいじめられては、毎日
家に帰って泣いてたわ。そして、心に誓った
の。何時の日か、きっと仕返しをしてやるっ
てね。それも、何倍にもしてね」
「………」
 恵子は、ニヤニヤ笑みを浮べながら、北村
の目の前でスカートの中に手を入れると、腰
を少し浮かしてパンティーを押し下げた。
 血の気の失せた男の顔をジーッと見詰めな
がら、身を屈めて、足首にからむ白い塊りを
ゆっくりと外して机の上にフワリと置く。
 クックックッ、といたずらっぽい含み笑い
を洩らしながら、恵子はその白い布をほぐす
と、股間の当る部分を裏返して見せた。
 そこにベットリと付いた黄褐色の糊状の汚
れが、北村の目に飛び込んで心臓をドキッと
させる。
「ホーラね。生理が近いから、今日は特に澱
物が多いわ。こんな不潔なものを味わうなん
て、お前も可哀そうね。ホホホ」
 恵子は、わざとらしく、しかし、心から楽
しげに笑って見せた。
 そして、中腰になると、放心した様に佇む
男の顔に、その部分を押し付ける。
「まず、臭いを嗅いで御覧! ソラ、深呼吸
して。そうそう。……ウフッ、如何が?」
 饐えた生臭い強烈な臭いが、ツーンと北村
の脳天を刺激する。同時に、激しい屈辱感で
全身が震えた。
「今度は、口を開けて! ホラ、もっと大き
くよ。そう、それでいゝわ」
 彼の鼻を覆っていた部分が、今度は、女の
手で彼の口の中へ押し込まれる。
「唾をたっぷり出して濡らすのよ。そして、
歯で軽く噛んで。……それを何回も繰り返し
なさい。そのおつゆは勿論全部飲むのよ!」
 生れて初めての異常な経験に、彼の頭は激
し、混乱の極に達していた。まるで催眠術に
掛かった様に、恵子に言われるまゝに口を動
かす。やがてゴクリと男の喉が鳴った。
「ウフフ、その調子よ。プッ、情けない顔だ
わね。サー、何時もの様にあの壁の所に立っ
て、後を続けなさい。……皆に、その哀れな
顔を見て貰いながらね」
 スゴスゴと壁の前へ行き、皆の方へ向かっ
て立つ。向い側の課長席からの恵子の視線を
感じて、慌てゝ口をモゴモゴと動かした。
 それまで、シーンと鳴りをひそめていた皆
の間を、小波の様にクスクス笑いが拡がる。
 途端に、目のくらむ様な恥ずかしさが北村
の背筋に走った。顔がカーッと火照り、全身
が小刻みに震える。恵子のニヤニヤ笑う顔が
次第に涙でぼやけて行った。
 それから、毎日、恵子は無情にも北村にそ
のパンティー舐めを強いた。
 それも、彼の屈辱感を煽るために、わざと
激しく汚してくるのである。
 そして、それを北村の目の前で拡げて見せ
ては、彼の表情が口惜しさで歪むのを見て楽
しむのだった。
 時には、穿けない程汚して、ビニールの袋
に入れて来ることもあった。       
「ホーラ、今日はすごいわよ。生憎トイレの
紙が切れてたから、パンティーで拭いちゃっ
たの。……御免なさいねぇ。お前にとっても
苦労を掛けることになっちゃって。クックッ
クッ」
 そうかと思うと、見るからにぐっしょり濡
れたパンティーを、ビニール袋ごと差出すこ
ともあった。
「今日のはスペッシャルよ。昨夜私達夫婦が
愛しあったおつゆを味わいなさい。二人とも
とっても量が多いの。だからパンティーで拭
き取ったら、こんなにビショビショになっち
ゃったわ」
 そして、ツーンと刺激臭のするその塊りを
口にして、無念さに目を赤くしている北村の
前に来て、その表情をシゲシゲと眺める。
「どーお、おいしい? 気に入ったら、その
内、じかに舐めさせてやろうか? ウフフ、
それでも元課長?……ホラ、おまけを上げる
わ!」
 恵子の口がすぼまり、ペッと唾が北村の顔
面に飛ぶ。彼の咽喉の奥で、押し殺された嗚
咽が洩れた。
 Y繊維では、総務課長の職責が主として、
社内の庶務事項担当のため、恵子は殆ど社外
出張が無かった。
 しかし、年一回のK紡績主催の総務連絡会
だけは例外で、例年慰労を兼ねて温泉地で、
一週間に亘って会議がある。
 恵子がその会議に出席のため出張の間は、
北村は少くとも彼女のパンティー舐めからは
開放される筈である。
 ところが、その期待はむなしく消え、それ
ばかりか、これ迄以上の苦しみが彼に振り掛
かって来ることになった。
 彼女の命令で、留守中、課の全員が洩れな
く代りを務めることになったからである。
 恵子の出張の五日間に全員の分を舐めるに
は、毎日四枚のペースでこなす要がある。
 北村の懸命の嘆願も甲斐無く、便所掃除と
お茶汲みの間に、毎日四回の苦行が課せられ
ることになった。
「サアー、北村、お前、そこえ立ってぇー。
ハーイ、口を大きく開けてぇー。………アラ
アラ、どうしましょ。ちよっと待ってね」
 次の日、トップパッターの女の子が、まる
で屈託の無い明るい声を張り上げる。
 パンティーをまるめて彼の口に入れようと
した途端、何を思ったか、急に身を翻して走
り去った。
 暫くして戻って来た彼女は、こっそり彼の
耳に囁く。
「御免なさい、課長の命令を忘れてたの。…
…お前に舐めさす時には、必ず汚しておく様
にってね。だから、今、トイレをしに行って
あとをこれで拭いて来たのよ。……ア、そう
だわ。最初は臭いだったわね」
 ジットリ濡れたその部分が、北村の鼻に押
し付けられる。ツーンとくるアンモニア臭に
混って、若い女のむせる様な性臭が彼の頭を
クラクラさせた。
「ウフッ、何て顔してるの? こんな臭い嗅
がされて口惜しいんでしょ? 判るわぁ。…
…ホラ、口を開けて。今度はお味よ。課長の
と比べなさい!」
「………」
「そうそう、その調子よ。……でも、お前は
最低よ。犬畜生、じゃなくってトイレットペ
ーパーにも劣るわ。……アラアラ、口をクチ
ャクチャ言わせちゃって! いやらしいわ。
せめて、犬並にチンチンして御覧!」
 次第に、軽蔑で口をゆがめる女の前で、身
を屈め、両手を前に曲げて垂らし、懸命に犬
真似をする。
 その珍妙さに周囲で見守っていた女達が、
一斉に笑いころげた。
 午前中に二回、午後二回と判で押した様に
しかも、その都度、新しい女が彼の目の前に
立ち、思い切り汚したパンティーを彼の顔に
押し付け、口中に押し込む。
 その行為は、彼の人間としての自尊心を奪
い去り、女達に征服された哀れな犬としての
自分を意識させた。
 帰って来て留守中の報告を聞いた恵子は、
早速、旅行中に穿き古したパンティーを北村
の顔に押し当てる。
 その、鼻が曲りそうな臭いに、思わず咽び
声を立てる彼に、笑いながら申し渡した。
「お前、折角、みんなの汚れを味わって、お
馴染みになったんだから、これからも続けな
さい。そうね、毎日四回のペースで良いわ。
ただし、朝の第一回目は必ず私のを舐めるこ
と。……お前の目が覚める様に、うんと汚し
て来てやるからね」
 こうして、哀れにも北村は、以来、エスカ
レートしたパンティー舐めの苦行を続けるこ
とになったのである。
 会社での苦渋に満ちた時間を忘れるために
は、彼の寮生活はあまりに粗末に過ぎた。
 勢い、少し離れた盛り場で、酒にウサをま
ぎらすしかない。
 しかし、その僅な自由も、とうとう取り上
げられる日が来たのである。
 会社の古い方の寮が改築されることになり
彼の部屋である物置が、まず取り壊されるこ
とになった。そして、庶務見習いである彼に
は、代りの部屋の割り当てがない。
 厚生課で嘆願を繰返してもラチが明かず、
到頭恵子に相談する羽目になった。そして、
それが彼の転落を更に深いもにしてしまうの
である。
「お前、住む所が無かったら、私の所へ来た
らどおお? うちは未だ子供が居ないから、
空いてる部屋が二つもあるわ。ネ、そうなさ
いよ。……アラ、渋ってるのね。じゃあ、こ
れは課長命令ってことにするわ」
「で、でも、私生活については課長といえど
も、………」
「アラ、そうかしら。……じゃあ、これを見
て御覧。この書類はね、お前の出向期間の半
年毎の勤務評定よ。早いもんで、もう六ケ月
経ったのね。……ソラ、この欄にはね、お前
の出向期間は何年が適切か、記入するのよ。
……こゝでの勤務を、お前が如何にも辛そう
にしてるから、標準の五年を三年に減らして
書こうかと思っていた所なの。……でも止め
にするわ。私の言うことが聞けないんだった
ら、逆に七年に延ばしてやろうかなぁ。……
フフッ、どう思う?」
 北村は、網に掛かった蝶を思い浮べた。
 いくらもがいても、所詮、課長である恵子
が、すべてを握っているのである。
 彼は力無く頭を垂れた。
「で、は、お、願いし、ます」
 切れぎれに、かすれた咽喉から絞り出す声
には、無条件の屈服を余儀無くされた無念さ
が、こめられていた。
「判ったのね。じゃあ、今夜から泊るのよ。
……ア、それから言っておくけどね。お前は
私の部下なんだから、例え私生活でも、私を
上司として仕えるのよ」
「………」
「どうしたの。不服そうね。いゝわ、今夜か
らたっぷり仕込んで上げる。さし当り早速、
家事を手伝ってもらうからね」
 スゴスゴと便所掃除に赴く彼の胸を、後悔
の念が掻きむしった。
(バ、バカな! よりによって、恵子に相談
に行ったなんて! これできっと俺は恵子に
四六時中嬲られる身になるんだ。クソッ!)
 北村の予感は的中した。
 その晩、恵子の家に連れて行かれた彼は、
まず彼女の夫に紹介された。……イヤ、紹介
と言うより、奴隷として主人の前に引き出さ
れたと言った方がよい。
 ソファーに腰掛けた恵子夫妻の前の床に、
土下座させられた北村は、両手を板間の上に
付いてひれ伏したまゝだった。
「こいつが、課長の名を笠にきて恵子を散々
いじめた奴か。今では立場が逆転して、恵子
に毎日いじめられているとは、情けない話だ
な。そして、遂にこの家で朝晩、恵子のえじ
きにされるって訳だな」
「そう、会社では皆の目があるから遠慮して
たけど、これからは、たっぷり昔の仕返しを
してやるわ」
「ところで、この家では、こいつに一体何を
させるんだい?」
「勿論、私達二人の召使いとして雑用をさせ
るのよ。私達のことは旦那様、奥様って呼ば
せるわ」
「召使いか……女中代りにこき使うのはいゝ
が、恵子はそれ以上のことをさせる積りだろ
う? 楽しみだな」
「細工は粒々よ。私の仕込みぶりを見てらっ
しゃい。……ホラ、北村、旦那様に御挨拶し
なさい!」
 予想していたと言え、恵子の口からはっき
りと召使いにすると宣言されると、みじめさ
がひとしおである。
「ど、どうか、よろしくお願いします」
 まるで、消え入る様な声だった。
「元気がないのね。ソラ、早速、食事の支度
を手伝いなさい。仕事着に着換えてね」
「アノー、私の部屋は……」
「そうね。未だ決めてないから、とりあえず
風呂場で着換えて頂戴」
 恵子は、テキパキと彼に段取りを指示する
と、自ら料理に掛かる。
 やがて、洋間のテーブルの上に、二人分の
夕食の支度が並んだ。
「サー、お前は横に立ってお給仕するのよ。
そして私達が食べ終ったら、跡片付けを済ま
せて、最後に私達の残飯を持って居間へいら
っしゃい。判ったわね」
 それから一時間余り経って、北村は居間の
ソファーでくつろぐ二人の前の床に正座して
いた。二人の食べ残した料理を雑然と入れた
鍋が、その膝にの上に置かれている。
 コーヒーカップを片手に煙草をくゆらせな
がら、恵子は北村に向って顎をしゃくった。
 近くへ寄れと言うのである。
「その残飯が、お前の夕食だってことは判っ
てるわね。遠慮無くお上がりなさい。……で
も、普通の食べ方じゃダメ。お前が、この家
での自分の身分を認識する様に、私達の足元
で四つ這いになって、犬の様に食べるのよ。
……そうよ。中々聞きわけが良いわね。……
アッ、ちょっと待って!」
 恵子は、足元に這い寄った北村の顔の下か
ら、残飯の入った鍋を取り上げ、コーヒーの
残りを口に含むとゴボゴボと音を立てゝ口を
漱ぎ、それを鍋の中へパーッと吐き出した。
 更に、頬をすぼめて口中に唾を溜めると、
咽喉を鳴らし、痰混じりの唾をペッと残飯の
上へ吐き掛ける。
「ソーラ、これが昔のお返しよ。私をいじめ
た罰に、お前はこれからずーっと私の唾混じ
りの残飯を食べなさい」
 細かい泡の混じった唾液が残飯の上で光り
いかにも不潔感を誘う。
 鍋の上へ顔を被せたまゝ躊躇する北村の後
頭部に女の足が掛かった。ぐーっと頭を踏ま
れ、顔が鍋の中へ押し込まれる。
 覚悟を決めて舌を出し、ピチャピチャと音
を立てゝ食べ始めた彼の頭上で、恵子の満足
そうな笑い声が響いた。
「残さずに食べるんだよ。……フフフ、まる
で犬そっくり!」
 恵子に頭を踏まれたまゝ、その夫の前で彼
女の痰唾入りの残飯を口にさせられる。……
それは、恵子の言った様に、この家での彼の
身分を決定付ける儀式でもあった。
 その晩、キングサイズのダブルベッドが中
央に据えられた夫婦の寝室に連れ込まれた北
村は、恵子の手で鎖の付いた犬の首輪を穿め
られた。
「いゝかい。この部屋では、お前は常に四つ
這いになって、犬として私達のセックスに舌
で奉仕するんだよ。……ウフフ、お前を私達
夫婦の夜の慰みものにしてやるわ」
 これまでの数々の辱めで、まるで去勢され
た様に無感動、かつ無抵抗になりかけていた
北村だったが、流石に、恵子のこの宣言は大
きなショックだった。
 思わず全身を震わせて、四つ這いのまゝ、
ドアの方へと後ずさりする。しかし、女の手
が首輪の鎖をぐいと引くと、簡単に引き戻さ
れてしまった。
「アラー、未だ訓練が足りなかった様ね。…
…いゝわ。諦めさせてやる」
 恵子は、いきなり北村の肩を蹴る。
 そして、仰向けに転がった彼の胸のあたり
に、ネグリジェ姿のまゝ素早く馬乗りになっ
て、両膝で男の両手を抑え込む。
 彼女の豊なヒップに掛かる体重が、北村の
身体の自由を奪い、上から見下す勝誇った眼
差が彼を威圧する様に輝いていた。
「私達ね、何時もセックスの後にシャワーを
浴びるの。だけど、このところ風邪気味で、
お風呂に入っていないから、今日は先に身体
を清めるつもりで、お風呂にお湯を張ってあ
るわ。……でもね、予定変更よ。お風呂は後
回し。……フフッ、お前の舌で清めて貰うこ
とにするわ」
 驚きと脅えで大きく見開いた北村の瞳を見
据えながら、恵子は身体を揺する様にして腰
を前進させた。V型の股間に男の顎が掛かっ
た所で一服し、ニッと笑う。
「昔ね、私がお前の下で働いていた時、毎日
がとても辛かったわ。……きっと何時か仕返
しをしてやる……毎晩ベッドの中で、そう誓
ったの。そして、蕎麦殻の枕を股に挟んで、
これが北村の頭だ、思い知れって、自分に言
い聞かせてオナニーしたものよ」
「………」
「判る? それが、到頭実際のものになるん
だわ。お前は、これから毎晩私の汚れた股に
顔を当てゝ舌を動かすの。そして、うんとみ
じめな思いをするのよ!」
「ウ、ウーッ……ど、どうか……お、お許し
を……」
「アラ、お前、泣いてるのね。……ウフフ、
お前が泣いて私に許しを乞う有様を、何回も
想像したものよ。……勿論、許さないわ。…
…さあ、行くわよ!」
 恵子は、尻を浮かすと、膝をにじらせて男
の顔の上へ腰を移動する。
 下から見上げる北村の目の前に、白いパン
ティーに包まれたいやらしい程大きなヒップ
が拡がり、それが緩やかに落下して来た。
 顔面一杯に重圧が掛かると同時に、鼻を衝
く異臭が彼の脳髄を痺れさせる。
 恵子の腰は、その臭気を男の鼻に擦り込む
様に、彼の顔の上でゆっくりとグラインドし
続けた。
「ムーッ……ウーム……」
 絞り出す様な呻き声が、恵子の尻の下から
きれぎれに洩れる。それを楽しむかの様に、
彼女は、いつしか、うっとりした表情を浮か
べていた。
「サー、次へ行くわよ!」
 たっぷり尻臭を嗅がせた後、恵子は再び尻
を浮かすと、彼の顔の上で一気にパンティー
を押し下げる。
 黒々とした繁みに覆われたクレバスが目を
射た次の瞬間、それは彼の鼻を包み込んでい
た。饐えた性臭が鼻孔を刺す。
 まさぐる様に顔の上の秘肉が前後に動き、
やがて、彼の唇の上にネットリした粘膜が貼
り付いた。
「サ、お舐め! 人間の身体で一番汚い所を
ね。……ウフフ、思い知った?」
 催眠術にかゝった様に、言われるまゝに出
した舌先に、ねっとりした糟がまつわり付き
ピリッとした味が舌を刺す。
 途端に、夢から覚めた様に、今、自分が女
の尻の穴を舐めさせられている事を意識して
激しい屈辱感がドッと押し寄せて来た。
 口惜しさ、情けなさで胸からこみ上げる嗚
咽も、女の尻に殺されて声にならない。
「ホラ、もっと強く吸い付いて! そうそう
その調子よ。……舌の先を尖らして突き出し
て御覧。ウフッ、どんな味がする?」
 彼女は、彼の頬を挟み込んでいる双球を両
手で掴み、尻割れをぐっと拡げた。途端に舌
の先がスッポリ肛門の中に吸い込まれる。
 括約筋の中に溜まっていた糞滓が、舌先で
掘り出された結果になり、口中に苦みの勝っ
たえぐい味が行き渡った。不潔感と屈辱感が
絡み合って、大声を上げて逃げ出したい思い
だが、覆い被さる女の尻は微動だにしない。
 今更ながら、恵子に完膚無きまで征服され
た我身を、そして、転落した境遇の辛さを思
い知らされるのだった。
 北村には、可成りの時間に思えたが、実際
は二十分も経っただろうか、存分に彼を辱め
た女の尻が、漸く彼を開放した。
「サー、次は、うちの人のアヌスを舐めるの
よ。……それも、床に這いつくばって、お前
の方からお願いしなさい。サ、早く!」
 彼を征服し、その屈従を十二分に確めた女
の自信に満ちた命令に、最早叛く気持も失せ
て、北村は男の前に這った。
 口篭りながら、そのおぞましい願いを言葉
にする彼の顔は、流石に恥ずかしさで真っ赤
になっている。
「何だって? 良く聞こえないぞ。もう一回
言ってみろ。……フーン、恵子のだけじゃ足
りず、俺のケツの穴も舐めたいだと? とん
でもない変態野郎だな。……じゃあ特別に許
可してやるから、家内のと良く味を比べるん
だぞ」
 ベッドの横に置かれた長椅子に腰掛けた恵
子の夫は、股を拡げながら両足を椅子の上へ
上げ、ブリーフをずらして、彼の目の前に尻
を露出させた。
「ホラ、これでいゝだろう。……お前のその
破廉恥な顔を良く見てやるから、俺の目を見
ながら舐めるんだ。そうだ、その調子だ。…
…なあ、恵子、こゝへ来て、こいつの情けな
い顔を一緒に眺めてやれよ。……コラ、くす
ぐったいぞ。もっとしっかり吸うんだ!」
 恵子の目の前で、その夫から受ける辱めは
彼の人格を完全に粉砕し、自分が、この二人
と同じ人間であるとの意識さえ、失わせたの
だった。
「何時まで舐めてるんだ。よっぽど気に入っ
たと見えるな。……オイ、もう良いから、今
度は、俺の息子をくわえるんだ。ホラ、口を
開けろ!」
 ぐにゃりとしたまゝ北村の眉間の間に載っ
ていた男の一物が、彼の口の中へ押し込まれ
る。
「しっかりしゃぶるんだ。……フフッ、どう
だ、うまいか?」
 毎日のパンティー舐めで馴染みになったピ
リッとする尿の味と、男の性器からの生臭い
分秘物の味が舌の上でミックスする。
 その内、その肉塊は彼の口の中で、みるみ
る膨張し始めた。
「オイ、今度は家内のをねぶって来い。早く
しろ!」
 欲情した男の声にせかされて、北村は、ベ
ッドの上で立膝のまゝ仰向けに横たわってい
る恵子の股間に、おずおずと顔を寄せた。
 と、恵子の手が、もどかしげに彼の髪を掴
み、その顔をクレバスに押し付ける。
「いゝかい、しっかり舌で清めるんだよ。そ
の後、おつゆが出るまでお舐め!」
 暫く風呂に入っていない恵子の秘肉の襞の
間には、べっとりと白い糊状の恥垢が貼りつ
いて、吐き気を催す程の異臭を放っている。
 それを少し宛、舌の先で掬う様にして舐め
取り、口中で唾に溶かして呑み込んでいく。
 不潔感もさることながら、女の恥垢をこう
して口にさせられる情けなさが、しきりに胸
をついた。
 清めが終って、クリトリスのあたりを舌で
まさぐりながら舐め続けると、次第に女の息
遺いが荒くなり、強い香りのジュースが湧き
出て来た。
「オイ、そこをどけ! 今度は横手から仰向
きになって頭を入れるんだ。……そうだ。そ
こで舌を伸ばして、俺達の結合部を舐め続け
るんだ。判ったな!」
 女の立膝した太股の下へ、横手から顔を差
し入れると、丁度目の前で男の一物が女の膣
にスッポリくわえこまれて行く。
 命じられるまゝに舌を伸ばして、女のアヌ
スから結合部にかけて、繰返し刺激した。
 男の腰が前後に揺すられ、ペニスが膣を出
入りする度に、陰嚢がピタッピタッと北村の
頬を打ち、みじめさを意識させる。
 そこには次第に、えも言われぬ生臭い香り
が漂い始めた。
 男の動きが激しさを加え、女の喘ぎ声が耳
に入ると間もなく、男の身体が細かく痙攣し
静止した。同時に、結合した肉の合わせ目か
ら、ねっとりした液が泌み出して北村の舌を
濡らす。
「いいか。零さない様に全部吸うんだぞ!」
 男の声と共に肉棒が抜かれた。強い臭気と
共に、どっと白濁した液が膣から溢れ、ツー
と尻割れを伝って流れる。
 慌てゝ口を割れ目に押し当て、ズズーッと
音を立てて液を吸い込む。ゴクリと咽喉が鳴
った。
「ホラ、あなた、飲んでるわ。私達にこんな
ことまでさせられて……クックックッ、良い
気味!」
 蔑みを露わににした恵子の嘲笑は、錐の様
に北村の胸を突く。
 舌を這わせて、アヌスから膣にかけての汚
れを清めながら、自分の余りのみじめさに、
目頭が熱くなった。
「奇麗になった? 一体、どんな顔して舐め
てるの?」
 恵子が身を起して覗き込む。      
「アラアラ、顔中ベトベトじゃない。それに
臭いわぁ。……いゝわ、汚れついでに、もう
少し汚してあげる……ホラ、四つ這いになっ
て、こっちへおいで!」
 恵子はベッドを降りると、部屋の隅のテレ
ビをつける。丁度、最終のニュース番組が始
まっていた。
 彼女の手の中で、北村の首の鎖がぐいと引
かれ、彼は仰向けに絨緞の上に寝かされる。
 その顔の上に、濡れそぼった女のクレバス
が覆い被さった。
 隣りのバスルームで、ザーッと男が湯を浴
びる音がする。
「あの人のザーメンは量が多いの。だから、
未だ、たっぷり中に残ってるわ。私がテレビ
を見ている間に、すっかり吸い取りなさい。
……舌を中へ入れると出易いわよ」
 膣の入口が、ピッタリと彼の唇に押し当て
られる。言われた様に舌の先をそこへ差し入
れると、ねっとりとした生臭いジュースが、
どっと口の中へ流れ込んだ。
 再び咽喉がゴクリと鳴る。
「お味はどう? おいしい?……フフフッ、
そんなもの飲まされて、さぞ口惜しいでしょ
うね。……でも、これから私達のセックスの
度に、お前はこれを味わうのよ。夫とセック
スをしない晩は、お前の舌で奉仕させて、私
のジュースを飲ませるわ」
 恵子の膣からは、それこそ止めどもなく、
後から後から二人のミックスした体液が湧き
出して来る。
 しかし、それも、ニュース番組が終る頃に
は漸く尽き、恵子は夫と交替してバスルーム
へ入った。
 ショックの余り、茫然としてそのまゝ横た
わっていた彼の顔の上に、ポンと濡れタオル
が投げられる。何時の間にか、そこには湯上
りで上気した恵子が立っていた。
「お前の顔、ベトベトだわ。それでちゃんと
拭いたら、次のラウンド。……今度は、私に
奉仕するのよ」
 ベッドの上から、恵子の手に握られた鎖が
曳かれると、彼の顔はズルズルと女の股間へ
引き寄せられる。
「お前は私のおしも$齬pの道具になるの
よ。たっぷり舌と唇で私を楽しませなさい」
 ぽってりした女の太股が彼の頭をしっかり
と挟み込み、両手が彼の髪を鷲掴みする。
 肉の枷を穿められた北村は、髪をぐいと引
かれて、その顔面に密着する秘肉に舌を伸ば
した。
 クレバスに沿って大きく舐め上げ、クリト
リスを舌先でピンと下から弾く。女の恥丘が
微かに震え、確な手応え、いや、舌応えが伝
わって来た。
「いゝわぁー、その調子よ。……アヌスも吸
うのよ。……そう、今度はこっち!」
 同時に、髪を掴んだ女の手が彼の頭を揺す
って、舐める個所と強さを彼女の意志のまゝ
にコントロールし始める。
 舌の付根がだるく痺れてきた頃、女の太股
が痙攣し、彼女が漸く頂点に達したことを知
らせた。
「もういゝわ。お前はその下でお休み」
 恵子の足が、用済みになった男の頭を蹴っ
て、ベッドから落す。裾からずり落ちた北村
は、二人の足元の絨緞の上でベッドカバーに
くるまって眠りについた。
 翌朝、未だ夢うつゝの北村は、顔の上に重
圧を感じて目を覚ました。
「ウフフ、気がついたかい。……ホラ、口を
大きく開けるんだよ!」
 恵子の声が頭上から響く。
 言われるまゝに開いた口の中に、ポタポタ
と生暖い水が落ちて来た。
「零すんじゃないよ。しっかりお飲み!」
 女の声と共に水滴はその量を増し、チョロ
チョロと水流となって彼の口に注いだ。
 生臭い臭気と、塩分を含んだ独特の苦みが
口一杯に拡がる。それをゴクリと飲み下して
初めて、自分が恵子に小水を飲まされている
ことに気付いた。
 口を閉じようにも、唇を覆う肉の猿轡が、
どっしりとした女の体重を受けて、しっかり
と顎を拘束している。
 狼狽と混乱が彼の頭に渦巻いたが、汚水の
流れは容赦なく口中に注ぎ続けた。
 窒息しないためには、それを飲み干すしか
ない。彼の咽喉がゴクリゴクリと続けさまに
鳴り、吐き気を催す程濃厚な女の朝尿が次々
と彼の胃の腑へ送り込まれて行った。
 果てしない水流が漸く弱まり、ポタポタと
後垂れを残して止まる。
「フフフッ どう? 私の便器にされた感想
は」
 恵子は尻を上げると、ニヤニヤ笑いながら
北村の顔を覗き込む。
 目も眩む様な屈辱に圧倒されて、男の咽喉
から思わず、しゃがれた嗚咽が洩れた。
「中世の欧州ではね、婦人の寝室には必ず、
チェンバーポットと呼ばれる壷が置いてあっ
たんですって。……そう、謂わば小便壷ね。
……これからは、ずーっと毎日、お前を私の
チェンバーポットとして使ってやるわ。勿論
この部屋だけじゃなくって、会社でも使うわ
よ。……クックックッ、お前は私の携帯便器
に成り下るの。口惜しい?」
 恵子の笑いを含んだいたぶる様な口調は、
その狙い通り、北村の心に一瞬、狂おしい程
の無念さを惹き起した。
 しかし、ジーッと見下ろす彼女の顔に交錯
する、残忍な復讐の喜びと冷い軽蔑の色を見
て取ると、いつしかそれも、絶望と深い諦め
の中に沈んで行く。
 それは、転落した身を運命のいたずらと諦
め、これから続くであろう彼女の果しない辱
めを甘受する悟りの様な心境だった。
(完)
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1988年4月スピリッツ4月号
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2010/11/17