#32転落のテレビショー(四つん這いの牡犬)
阿部譲二
テレビのショー番組の制作を請け負うプロダクション社長が美人秘書の発案で「逆転夫婦のインタビュー」をショー化して売り込むことにする。女性上位の夫婦が次々と登場する中で、バーのママが便器奴隷を伴って出演する。だが折角の番組もスポンサーがつかず会社は倒産。彼は借金の為、奴隷を交通事故で亡くしたバーのママの便器奴隷に身を落とす。 |
午後になって漸く雲の切れ目から射し始めた弱々しい冬の陽が、早足でTKSテレビ局の玄
関を出た柏原の全身を包んだ。
その、やゝ紅潮した顔と固く結んだ唇は、明かに彼の気持の昂りを示している。
やった! 俺の企画に到々予算が付いたんだ。……あとは、番組の内容で勝負だ。……よー
し、みんなをアッと言わせてみせるぞ
柏原は、オフィスに向かって歩きながら、自分に繰返し言い聞かせる様に、胸の中で呟いて
いた。
柏原憲司、二十九才、独身。
二年前にTKSテレビを辞めて独立し、柏原企画の名で小さなオフィスを構えている。
仕事は、TKSを始めとする大手のテレビ局に自分の企画した番組を売り込み、採用されれ
ば下請けとして、その製作まで担当するのである。
製作経費は通常、下請会社が負担し、テレビ放映後にその視聴率に応じて、かゝった経費の
二〜五倍のギャラが支払われる。
しかし、柏原の様な資金力の無い小規模なプロダクションのケースでは、テレビ局の番組委
員会で審議し、見込みがありそうな場合は費用はテレビ局持ちで製作を進めることが出来る。
と聞くと、甚だ下請け側に有利な様だが、実は、テレビ局からひも付きの融資を受ける訳で
万一番組の出来が悪くてボツになった場合は、全額を返済せねばならなかった。
しかし、テレビ局側も、担保を取るわけではないので、成可くリスクを避けるため、委員会
では相当慎重に審議する。
勢い、外部からの持込み企画で、すんなり予算が付くケースは極めて稀だった。
柏原企画のオフィスは、郊外のスーパーマーケットの集配センターの中にある。
ハッキリ言えば、倉庫の一角を借りているに過ぎないが、入口のドアだけは真新しく、何と
か体裁を保っていた。
「お帰りなさい! 社長、結果は如何がでしたの?」
ドアを開けた途端、艶のあるアルトが、明るく弾む様に柏原を迎えた。
秘書の福山静子である。
他に、アルバイトの男子学生二名が居るだけの柏原企画では、唯一の正社員だった。
所謂、顔立ちの整ったありきたりの美人ではないが、個性の溢れた太い眉に大きな瞳、それ
に、そのグラマーな姿態は人目を引くに十分である。
女子大卒の才媛で、勿論、柏原の大のお気に入りだが、ここに勤めだして未だ日も浅く、プ
ライベートな仲に発展するところまでは行っていない。
「大成功さ! あの企画の今までに無い斬新さが、決め手になったんだ。TKSが金を出して
くれるし、スポンサー探しもやってくれる。……まさに鬼に金棒さ」
柏原は、興奮した口調でしゃべりながら、静子に向かい合って置かれた自分のデスクに腰を
下ろした。
「君には感謝してるよ。……もととは言えばこの企画は、君のアイディアをヒントにして生ま
れたんだからな」
「アラァ、ほんの思い付きで恥ずかしいわ。でも、よかったぁ……お役に立てて……」
彼女も嬉しそうに目を輝かす。
「いやぁ、昨今の女性上位の風潮に合わせて逆転夫婦のインタビューをショー化するなんて、
男にはちょっと思い付かない企画だよ。……早速、出場候補者を募集しなくっちゃ。そうだ、
例の、新聞広告の文案は出来てるかい?」
「ええ、丁度、ワープロで仕上げたところですわ」
静子の差し出す原稿を手に取った柏原は、真剣な眼差で吟味する。
デレビ番組の出場者募集
柏原企画プロダクション製作の、新しい
ショー番組逆転夫婦集合≠ノ出場希望
者は、住所氏名と年齢、それに夫婦の逆
転振りを簡単に記述して、下記に御連絡
下さい。
出場資格は、夫婦の方で、男性・女性の
役割が逆転しているカップル。例えば、
家計が女性の収入で支えられ、男性が、
主夫役を勤めている、女性上位の家庭等
が対象となります。
なお、出場が決定したカップルは、洩れ
なく十四日間のヨーロッパ・デラックス
旅行に御招待する外、スポンサーより、
数々の商品が贈られます。
「ウム、これで良さそうだが、夫婦≠フ後に括弧で内縁を含む≠ニ追記しておいてくれた
まえ。……その方が、ぐっと範囲が広がって、バラエティが増す可能性がある」
「判りました。……じゃあ、最後に、こゝのアドレスを入れて、早速、新聞社に持って行きま
すわ」
静子は、ワープロのキーボードに白い指を走らせる。
控え目なピンク色のマニキュアが何となく、なまめかしかった。
「ところで、今晩あいてないかい? 二人で前祝いをしようや!」
「アラッ、それも仕事の延長ですの?」
「勿論、プライベートなデートさ。……ね、いゝだろう?」
「いゝわ。……でも、お食事だけにしてね」
ニッコリと微笑んだ静子の表情は、柏原の心をときめかせる程魅力的だった。
それから約一ケ月たった。
寒さも漸くうすらぎ、木々の枝には緑色の木の芽が見え隠れして、春の訪れを思わせる。
この頃、新聞広告の効果がやっと現れて、二人は山の様な郵便物の整理に大童わだった。
「社長、凄い反響ですね。……今日の配達でも、又こんなに来たんですよ」
静子は、いさゝかうんざりした様に、机の上へドサッと郵便物の塊を拡げてみせた。
「イヤー、全く嬉しい誤算だよ。……そうしてみると、どうも我々が思っていた以上に、世の
中では、女性上位の傾向が進んでいるんだな。……コリャー、番組のヒットも夢じゃないぞ」
柏原は、思わず顔をほころばせる。
「それもあるけど、テレビのショー番組って今、人気の的なんですって。ブラウン管の中で、
豪華な景品を山の様に貰って帰る出場者を見てれば、誰だって自分も出たいって気になるんで
す。……それに、ヨーロッパ旅行の魅力も見逃せないと思いますわ」
静子の意見は、控え目な表現ながら、いつもの様に核心をついていた。
その冴えざえとした白い横顔に、長いまつげが目立つ。
あれ以来、静子と何回かデートを重ねながら、未だ食事以上の仲に進めないでいる柏原であ
る。
彼女にグイグイ惹かれて行く自分を抑え切れず、事務所の中でも彼女に熱っぽい視線を向け
ることが多かった。
「全く、き、君の言う通りだ。……それじゃ先ず、第一次の書類選考で残った見込みのありそ
うなカップルに、例のアンケートを送付する作業に移ろう」
「判りました。……でも、女性上位の家庭って案外多いんですね。中には、SMまがいの変態
夫婦もありますわ。……ホラ、この束がそうですの」
静子が手渡した十通程の手紙に、サーッと目を走らせて行く柏原は、思わずウームと呻き声
を洩らした。
「成程、これはすごい!……私は、甲斐性無しの夫を、三年前から犬として扱っています。
首輪を穿め、家の中では四つ這いしか許さず、寝室では毎晩その舌で私のセックスに奉仕させ
ます=c…それから、これもだ……私に婚約を破棄された彼は、私の前に土下座して、捨て
ないでくれと哀願しました。私は、その意気地無しの男にふさわしい待遇を与えたのです。今
では、彼は私の男女中、兼奴隷として、私のマンションに飼われています。毎日、私の女友達
と彼を嬲り者にしていますが、時には、私の恋人とのセックスの場に引き入れて、慰み者にし
てやります=v
柏原に続いて、静子も今日配達された手紙の山から抜き出した分を読み上げる。
「これもショッキングな内容ですわ……私の妻は、婿養子の私を、奉公人以下に扱います。
食事も、妻や小姑達の食べ残しを与えられ、些細な事で叱られ罰を与えられます。先日は、女
中達の見ている前で、顔を何回も足蹴にされたあげく、汚れた足の裏を舐め清めさせられまし
た=c…ですって」
「こりゃー、逆転夫婦と言うより、SM変態夫婦だな。放送に使って大丈夫だろうか?」
「アラッ、今の時代では、SMは最早市民権を獲得していますわ。イレブンPMだって、良く
取り上げてるじゃありませんか。……それに変態と正常の境界線は、時代とともに変りますし
……視聴者は、もともと刺激的なものに惹かれるんですから、きっと当るんじゃないかしら」
静子の意見に、柏原は大きく頷いた。
「ヨーシ、それじゃ、こうしよう。……プログラム自体の構成を、ソフトとハードの二つに分
けるんだ。
そして、ハードの方は、思い切ってSM仕立にして、刺激的な味をたっぷり加えることにし
ようじゃないか。……もしハードな演出が受けなかった時のために、ソフトに構成した方を、
バックアップとしておけばいい」
第一次候補に選ばれたカップル達から、分厚いアンケートが戻って来たのは、もう各地から
花便りが聞かれる三月のことだった。
アンケートを集計し、内容を吟味して第二次候補を選ぶ作業と並行して、最終選考のための
面接の準備、そして本番に備えて司会者や出場者に質問するゲストを選ぶ作業等が始まると、
柏原プロダクション事務所は猫の手も借りたい程の忙がしさだった。
そうした或る日の夕方、仕事を終えた柏原と静子は、オフィスからそう遠くない公園地帯の
川岸で、緑が濃さを増した芝の上に寝そべっていた。
週一回のデートではあきたらず、今では、三日にあげず会う瀬を楽しむ様になっていたが、
柏原は未だ静子とはキス以上の関係に進めずにいる。
思わせぶりな女の態度にじらされながら、柏原は、そのいらだちを仕事にぶつけるこの頃だ
った。
「ねえ、静ちゃん。……この仕事が一段落したら、僕と結婚してくれないか?……この頃君の
ことが頭から離れないんだ」
柏原は、寝そべって上を向いまゝ、隣りの静子に真剣な口調で話し掛けた。
「それ、柏原さんの本心? 私の身体を手に入れるための方便じゃないわね」
「勿論さ。……その証拠に、君の方から許すと言わない限り、結婚まで君の身体に指一本触ら
ない積りだ。……これで、判ってくれるかい?」
「いゝわ。私の気持は未だあなたの様に熱くなっていないけど、あなたのこと、決して嫌いじ
ゃないし……きっと、もう少し時間が経てば踏み切れると思うの。……だから、それまでは、
お友達でいましょう」
「と言うことは、……あてにしていて良いんだね?」
「えゝ。……あなたが、今後、私を幻滅させない限りはね」
あくまで冷静で、我を忘れないところは、いかにも静子らしかった。
そんな彼女に、一層惹かれるものを感じながらも、隣りで仰向けに寝そべる静子の胸の豊さ
を、ソッと盗み見る。
その時、身を起して立上る彼女のスカートが捲れて、ピンクのパンティーに包まれた圧倒的
なボリュームのヒップが覗いた。
独身の男の悩みが欝積していた柏原は、その途端、思わず頭がクラクラする程の刺激を受け
たのだった。
第二次の書類選考に残った出場候補者の面接が始まった。
勿論、柏原がカップルに色々と質問する役だが、傍でメモを取る静子も、女性の立場から、
補足質問をする。
本番の時のゲストは全部女性にして、思い切りぶしつけな質問で、女の尻に敷かれる男を散
々いたぶる趣向だった。
従って、柏原は予じめ静子にも、男が顔を赤らめて絶句する様な、えげつない質問をする様
要求してある。
その為か、最初、幾分ぎごちなかった静子も、三人目あたりから落着きを取り戻し、本来の
冷静さで、柏原がヒヤヒヤする程の際どい質問をカップルに浴びせる様になった。
「それじゃ、御主人は奥様に、お尻の穴まで舐めさせられて、男として口惜しいとは思いませ
んの?」
面接に来た中年の二人を前にして、静子は鼠をいたぶる猫さながらに、ネチネチと男の方を
いじめに掛かる。
「イヤ、やっぱり養われている身ですから、口惜しくても我慢しないと……」
オズオズと答える男は、いかにも小柄で貧相である。
それに引替え、女の方は大柄でバイタリティーに溢れて見えた。
「もしかしたら、御主人は奥様と喧嘩してもかなわないんじゃないかしら。……最初、顔の上
に跨がられた時も、抵抗出来ずに征服されたんじゃありませんの?」
「ウフッ、その通りですのよ。……こいつったら本当にだらしないんだから」
ニヤニヤ笑いながら、傍の女の方が口をはさむ。
静子は悪のり気味に追打を掛けた。
「ネ、ネエ、奥様のお尻の穴って、どんな味がしました? 他の人のと較べたことある?……
フフフ、どおお? 私の、舐めさせて上げましょうか?」
男は、耳まで赤くなって俯いた。
その次の面接で柏原と静子の前に現れたのは、ファッションモデルとも思える程、スタイル
抜群の若い美女で、後ろに二人の男を伴っている。
「アノー、出場者は、カップルに限るんですけど……」
柏原の言葉に、女は軽く頷いた。
「判ってますわ。……でも、折角連れて来たんですから、紹介させてね。……こちらが、私の
恋人。……そして、あっちに居るのが、私の夫、兼奴隷ですの。テレビには勿論、夫と出ます
けど、ヨーロッパ旅行は恋人と行きたいの。……それで構いません?」
「エ、エー。お渡しするクーポン券は無記名ですから、そちらでメンバーチェンジされるのは
御自由です」
「よかったわ。……じゃあ、あなた、先に例のレストランの方へいらっしてて。……私、こい
つと面接を済ませてから、合流するわ」
女は、恋人の方に微笑みながら手を振る。
そして、夫の方には、如何にもぞんざいに、隣りに座る様、顎をしゃくった。
柏原と静子は、目の前のアンケートと調査表を確認する。
ブティックを経営する女とその夫だが、男がインポと書かれていた。
経済力のある女がまず浮気公認を要求し、女の美貌に魅せられた男は、離婚に踏み切る気も
ないまゝに、次第に奴隷に身を落したとある。
柏原の質問が一段落したところで、静子の出番になった。
「御主人は、奥さんのセックスに舌で奉仕しているそうですが、どの位の時間ですの?」
男はソーッと女の顔を窺う。どうやら、女の許し無しには発言出来ない模様である。
そんな男に目もくれず、女は煙草の灰を落すと、自分から答えた。
「毎晩一時間から二時間程度ですわ。その間に何回か頂点に達します。……何時も、こいつの
顔を股に挟んだまゝ眠ってしまうんですけど、朝方に目が覚めて三十分程アンコールすること
もありますのよ」
「じゃあ、御主人にお聞きしますけど、そんなに長い時間で、舌が疲れません?」
「最初は舌の付根が痺れましたけど、毎晩のことで、もう慣れました」
「毎晩って……勿論、生理の時はお休みでしょう?」
「いえ、その時は、何時もより感度が鈍るので、二時間を越えることもあります。……それに
シーツを汚さない様に全部吸いとらされますので、朝までろくに眠れません」
「全部吸い取るんですって? マー、きたないわぁ! それにひと晩中だなんて、可哀そう。
……それじゃ、奥さんの浮気の跡なんか、舐めさせられたことあります?」
女が、そこで笑いながら口を挟んだ。
「勿論ありますわ。……と言うより、私が浮気をする時には、こいつにまづ舌でたっぷり前戯
をさせるんです。そして、本番の間は、私のアヌスや愛人との結合部を舌で刺激させて、最後
に跡を舌で清めさせますの」
「アラアラ、それじゃあ、浮気の公認どころか、浮気を助ける役じゃありません? 御主人が
耐え切れなくなって、反抗なさることはありませんの?」
「一度、今の愛人が面白半分に、自分のアヌスを舐めさせようとしたんですけど、嫌がって逆
らったんです。……勿論、うんと罰してやりましたわ。……それからは、その愛人の命令にも
背かなくなったんです」
「ヘエー、一体どんな罰だったんですか?」
「それがね、ウフッ……大きな漏戸をくわえさせて、二人で同時に、その中にオシッコをした
んです。……そのカクテルをゴクリゴクリと音を立てて飲みながら、こいつったら、涙をポロ
ポロ流してるんです」
「アラー、よっぽど口惜しかったのね。……でも、オシッコのカクテルなんて傑作だわ。……
ネ、ネエ、御主人、こっちを向いて御覧なさい。奥さんの浮気の相手にアヌスを舐めさせられ
たり、オシッコを飲まされたりしてどんな気持? それでもオチンチン付いてるの?……ア、
そうかぁ。あなたのは役立たずだったのね。クックックッ、あゝおかしい」
笑い転げる静子の前で、男は屈辱に肩を震わせていた。
最終的に面接で選ばれたソフト及びハードのカップルは、それぞれ九組だった。
それを、三組宛のグループにくみ合せ、各グループのインタビュー・ショーをワンクール、
三十分にまとめるのである。
従って、ソフトとハードのショー番組が、それぞれ三回分宛完成する筈だった。
勿論、リスクを避けるために、最初はソフト、ハード共、第一回分の録画を終えた所でスト
ップし、後の組は待機させておく。
売込みが成功してスポンサーが付いた時点で、第二、第三組の録画に着手する手筈だった。
司会者には、中堅どころの女漫才コンビを頼んでコミカルな味付けとし、インタビュー質問
を浴びせるゲストとしては、芸能界の第一線で活躍しているベテラン女性で、成可く口の悪い
連中を集めることにした。
こうした段取が、紆余曲折を経ながらも、何とか完了し、明日はいよいよ第一回の録画取り
という所まで漕ぎ付けたのである。
アルバイトの学生達を連れて、前祝いに酒場で気勢を上げた後、柏原と静子は帰り道にある
公園で、暫く酔を醒ますことにした。
初夏とは言え、未だ夜風がヒヤリとする。しかし、それも酔で火照った顔には、却って心地
良かった。
二人で肩を並べて歩く道すがら、街頭の光の中に浮かび上った静子の頬は、夜目にも、ボー
ッと色付き、艶かしい風情である。
抑制してはいるものゝ、込み上げる男の欲望に何となく息苦しくなった柏原は、ソッと手を
女の肩に回した。
「ねえ、静ちゃん。僕達の結婚の話、考えてくれてるだろうね。……僕は、君のことばかり想
って、もう苦しくって……」
「アラ、柏原さんとは約束したでしょう。私の気持がそこまで進むのを待つって。……でも、
安心して。この頃、仕事に打込んでいる柏原さんって素敵よ。私、段々惹かれて来てるの。…
…だから、もう少しの辛抱よ」
「君の気持が熟すまで、僕は何年でも待つつもりさ。……でも、男って、何か吐け口が必要な
んだ」
「そうね、判るわ。……でも、恋人にお預けをくってる男の人って結構多いわよ。女性週刊誌
で読んだけど、みんなソープランドへ行ったり、想像の世界で自分を慰めたりしてるんですっ
て……」
「僕だってオナニー位するさ。……でもソープへは行く気はしないな」
「柏原さん、私のこと想像しながらオナニーしてるの?……アラ、御免なさい。私ったらすっ
かりインタビューの癖が身に付いちゃって……」
「いゝさ。……本当は、以前見た君のヒップを想い出してオナニーしてるんだ」
「エーッ、何時見たの?」
「前に君にプロポーズした時さ。芝の上から君が立ち上った時に、スカートが捲れて、ピンク
のパンティーに包まれた君のヒップが見えたんだ」
「マー、ちっとも気が付かなかったわ。……それで、私のヒップ、そんなに魅力的だった?」
静子の口調は、しらずしらずの内に、またインタビューの調子になっている。
「ウム。すっかり悩殺されたよ」
「フーン、そうだったの。……あのね、柏原さん。あなたのオナペット用に、私の水着写真を
上げましょうか?」
「それも良いけど……ヌードは無いの?」
「ある筈ないでしょう。……そうだわ。……これも週刊誌の知識だけど、男の人って女の下着
に魅力を感じるんでしょう。……ウフッ、よかったら、今穿いてる私のパンティーを上げまし
ょうか?」
「本当かい? ぜ、ぜひ頼むよ」
息を弾ませる柏原の前で、静子は中腰になると、スカートの下に手を入れてパンティーを脱
ぎ、まるめて彼の前に差し出した。
「ハイ、汚れてるけど、その分しっかり臭いが付いてるわよ。……ア、ちょっと待って」
静子は何を思ったか、柏原を制すると、ニヤニヤ笑いながら、パンティーを持つ手を後ろに
隠した。
「ひとつ条件があるの。……これは私の好奇心からなんだけど、女のパンティーの臭いを嗅ぐ
男の人って、どんな顔をするのか興味があるの。……柏原さん、あなた実験台になってね」
意外な展開にうろたえる彼の鼻の上に、彼女は、いきなりその汚れたパンティーを押し付け
る。
ムーッとする女の性臭に、思わず目が眩んだ彼は、抵抗することも忘れて、彼女のなすがま
まになった。
「フフッ、だらしない顔ね。……ソラ、口を開けて御覧なさい。そこを舐めて味わうの。……
どお? おいしい?」
口の中に、汚れの一番ひどい部分が押し込まれ、彼はまるで催眠術に掛かった様に、それを
味わった。酸味のある苦みが口の中一杯に拡がる。
「汚れを唾で溶かして、吸って御覧なさい!そうそう。……ホラ、目をしっかり開けて私を見
るのよ!」
味は苦かったが、それは、柏原にとって初めて経験する、女への甘い屈従だった。
後になって考えると、それは、二人がインタビューした女上位のカップルの生態に通ずるも
のがあり、二人の今後を暗示する様な出来事だったのである。
その翌日、録画取りの本番に立ち会った柏原は、流石に緊張した。
しかし、案ずるより生むが易しで、録画取りは実にスムースに進行して行く。
司会の女性漫才コンビは、狙った通り、女に支配される男をコミカルに笑い飛ばし、陰湿に
なり勝ちな実態を戯画調に脚色した。
最初のソフトな三組のグループでは、ゲスト達も乗りに乗って、次々にアドリブの質問が続
出する。
「それじゃ、貴方と奥さんの関係が逆転して以来、一番口惜しかったことを三つ言って御覧な
さい」
ゲストの質問に、口ごもりながら答える男を、司会の女漫才が、関西弁で茶化して笑わせる
パターンである。
「あのー、やはり、家の中での呼び方を変えることになったんですが、私に代って勤めに出る
様になった家内に、初めてお前≠チて呼ばれ、奥様お帰りなさいませ≠チて言わされた時
は涙が出る程口惜しく感じました」
「ヘーッ、すると、あんたはん、男のくせに奥さんに敬語を使ってるんでっか。……こりゃ、
ほんまにアベコベや」
「奥さんの方は、気持よろしいでっしゃろうな。昨日まで威張ってた亭主に、コラ、お前、
食事の支度は出来てんのか。……ホラ、ちょっと腰揉んでんか。……なんや、それ、男のくせ
にもっと力入れぇ≠チてな具合でっしゃろな」
「それから次に口惜しかったのは、人が疲れて帰って来るのに冷たいおかずを食べさせたって
咎められて、初めて殴られた時です」
「イヤイヤ、呆れたお人やねぇ。奥さんに殴られて……ハイ済みません、お許し下さい、でっ
か。よう言わんわ」
「三つめは、……アノゥ、少し言い難いんですが、ちょっと口答えした時に、お前の身分を教
えてやるって……アノー、顔の上に跨がられて……」
「ヒィヤー、奥さんのお尻に顔を敷かれはったんですか。そりゃぁ、さぞ臭うおましたでしょ
う。……その臭いを嗅いでぇ、自分の身分を覚らはったわけでんな」
「きぃっと、臭いだけでは済みませんでぇ。……ホラ、お前、うちのお尻をお舐めぇぐらい言
われてまっせ」
「そうやろうか。そいで、このお方、ペロペロ舐めはったんやろうな」
「この顔見てみぃな。……意気地無しを画に描いた様なもんでっせ。脅したら、うち等のお尻
かて舐めるやろうな」
「そうやろうか。……うち、いちど男はんに尻を舐めさせてみたいわぁ」
「心配しなはんな。あんたの尻を舐めるのは豚ぐらいやて」
次々と浴びせ掛けられる質問に何時の間にか時間が経ち、三組目の出場者が退場して司会者
が締めくくった時には、始まって一時間半も過ぎていた。
勿論、後で適当に編集して時間を縮め、随所に笑い声をダブらせて、あたかも観客を前にし
た公開録画の様に仕立てるのである。
暫く休憩を取り、続いてハードなグループの録画に移った。
こちらは、流石に異常さが目立ち、質問する方も茶化す方も、あっけに取られる場面が続出
する。
圧巻は、最後に出場した中年の女性と若い男性のカップルだった。
女性の方は、さる大手のバーのママと言うだけあって、とても三十過ぎには見えない艶やか
さである。
男性の方は、二十半ばの元サラリーマンだった。社用で派手に使っていたバーの付けが溜り
に溜ったところで会社が倒産し、返済不能になった為、ママの奴隷に身を落したとのことであ
る。
しかし、それも普通の奴隷ではなく、ママの便器奴隷という、ショッキングな境遇だった。
勢い、好奇心に駈られたゲスト達の質問が集中する。
「便器奴隷と言うと、あなたは女性のオシッコを飲むの?」
「ハイ。それ以外の水分を口にすることを禁じられています」
「ヘー、それで一体どんな姿勢で飲まされるの? やはり、顔の上に跨がられるのかしら?」
「最初は、その姿勢ばかりでしたが、最近は立ったまゝ股に首を挟み込まれたり、中腰でお尻
を突き出された所に顔を当てた格好で、吸わされることもあります」
「アリャー、これは凄いわ。……このお人は、自分の口を、女の便器として使われているんで
っせ!」
「そりゃー便利でおますわ。うちら小用が近いさかい、何時も必死になってトイレを探します
んや。……こないな足の付いたトイレがあって、呼んだらじっきに来てくれるなんて、重宝で
っせ」
「でも、どんな味がするんやろうな?」
「そら、まずいにきまってますわ。でも、女性ホルモンがたっぷり入っているさかい、頭が禿
げることはないでっしゃろな」
更に、ゲストの女性の質問が続く。
「ママさんの方にお聞きしますが、まさか大の方まで、と言うことは無いでしょうね」
「えゝ。普段は小の方だけですが、罰として大の方にも使うことがあります」
「マァー、とても考えられないわ。……嫌がりません?」
「ウフフッ、そりゃあ、身もだえして嫌がりますわ。……でも、罰ですから許しません。手錠
を嵌めて、仰向けに寝かし、顔の上にピッタリ座り込んで口の中に無理矢理排泄するんです。
……口を閉じて抵抗しても鼻を摘まんでやれば簡単ですし、吐き出さない様にお尻で蓋をして
しまえば、諦めて呻きながら飲み込みますわ」
「身体に毒じゃないかしら?」
「もう三年以上使ってますけど、何ともありませんわ。それに、普段、大の後を必ず舐め清め
させていますから、大腸菌にも免疫性が出来てるかも知れませんし。……それに、味の方も馴
染みになって、罰で食べさせた時にも吐き気を催さなくなりますしね」
「イヤイヤ恐れ入りました。男の身で女の糞を食わされるとはねぇ。……口の中にニュルニュ
ルーと入って来た塊りを、ぐーっと飲み込んでぇ……おゝ気色わるぅ。何や、気分が悪うなっ
て来たわ」
「あんたが、気分悪うすることないわ。……そいでも、可哀そうやねぇ。普段でも毎日、女の
お尻の穴に付いた糞を舐めさせられとるんやからねぇ。どんだけ借金があったか知らんけど、
こない目に会うんやったら、いっそ首でもくゝった方がましと違うやろうか?」
「いやいや、何事も命あっての物種。人間、何と言っても辛抱が大切や。……昔の軍歌の中に
泥水啜り草を噛み、ちぅう文句があったやろ。……このお方の場合は、オシッコ啜り糞を舐め
となってるだけや。……精神は一緒やで、精神は!」
録画取りがすっかり終って、一応、ホッとしたものゝ、翌日から早速、編集の仕事が待って
いる。
柏原と静子は、TKSスタジオのダビング室を借り、そこに朝から晩まで閉じこもって編集
に専念した。
「ねえ、柏原さん。面接の時は気が付かなかったけど、このハードの部に出たママさん、私、
見覚えあるわ。……以前、こゝにお勤めする前に、このママのクラブで働いている友達の紹介
で、就職を頼みに行ったことがあるの。その時、……是非来てくれって言われたけれど、結局
は、こちらの方が決まったんで断ったのよ」
「フーン、世間は狭いもんだね。でも、君みたいな人が、どうしてバーなんかで……」
「アラ、決まってるじゃないの。収入よ。……売れっ子になれば、今のこゝの月収の十倍は稼
げるわ。それに、最近はバーでアルバイトをしている女子学生だって結構多いのよ」
「フーン。じゃあ、バーのママさんともなれば大財閥だね」
「あのママさんみたいに、自前で店を持ってる人は大したものよ。きっと何十億と溜め込んで
るわ。……だから、あんな便器奴隷が持てるのよ」
「あの便器奴隷だけど、静ちゃん、気持悪くなかったかい?」
「ウウン、全々。……あの漫才の人が言っていた様に、本当に便利だもん。……私だってあの
ママみたいにお金があれば、便器奴隷を持つかもしれないわ。……そう、柏原さん、あなた、
私の便器奴隷に成って下さる? アラッ、顔色が変ったわ。……いやーね、冗談にきまってる
でしょう。ウフフッ」
TKSテレビ局に編集済みのテレビショーのビデオを持ち込んで、一ケ月が過ぎた。
うっとうしい梅雨も終りに近く、今日この頃の異常な蒸し熱さは、本格的な夏の訪れを思わ
せる。
何回もTKSに問い合わせたが、さっぱり埒が開かず、柏原は昔の上司だった番組製作部長
に直接電話を掛けた。
その結果、彼の番組を含め所謂外注作品の審査会議が今朝行われることが判ったのである。
早速、午後一番にその部長と面会の約束を取り付けた柏原は、それまで、イライラしながら
不安な時間を過ごした。
TKSテレビ局の応接室で暫く待たされた後、番組製作部長の部屋へ案内される。
彼が二年前に勤めていた頃は、この部屋へもよく出入りしたものだった。
丁度電話に応対中の部長は、入口で頭を下げる柏原に、手を上げて応えると、部屋の隅に置
かれたソファーを指し示す。
女の子の運んで来たお茶を啜りながら、部長の長電話の終るのを待つ柏原の胸を、なんとな
く不吉な予感がかすめた。
「やあ、お待たせした。……君とは、随分、久し振りだな」
やっと電話を終えた部長が、声を掛ける。
「どうも、御無沙汰しています」
柏原は、控え目に挨拶した。
「今朝の番組審査会議でね、君の作品も議題に上ったんだがね。……残念ながら、保留扱いに
なった」
「エーッ、採用にならなかったんですか?」
「ウーム、番組委員会で承認済なので、審査会議でも議論が沸騰してね。……皆でビデオを見
た感じではこれはいける≠ニなったんだが、広宣部の方から異論が出てね。……これじゃ、
企業イメージを大切にする大手のスポンサーがつかないと言うんだ。……企画としては誠に面
白いんだが、広宣の言うことも一理あるということになって、とどのつまりは保留扱いさ」
「そ、そんな……別に大手のスポンサーじゃなくても、どこか……」
「それがね、最近は、中どころのスポンサーは数が少ない上に、予算枠が限られるので、相乗
りにしても、三十分番組は仲々買いきれない。……それに、この手の成人向けショー番組の放
映時間は、夜十一時以降だが、この時間帯は今のところ、大手が抑えてるしな」
「じゃあ、他のテレビ局に持って行っても、見込みは無いんですか?」
「残念だが、うちの地方局でも扱いきれないし、他局へもうちの方から打診はするが、先ず可
能性は無いな」
部長は、ガックリと首をうなだれた柏原を気の毒そうに見やりながら、続けた。
「所で、製作費用だがね。本来なら、契約通り全額返済して貰うことになるが、この場合は、
これまでに掛かった分の三分の一は当社で負担することにした。……これは、君なら判るだろ
うが、極めて異例の扱いだ」
部長との話合を終ってTKSテレビ局を出た柏原は、目も虚ろに、まるでよろめく様にオフ
ィスに帰り着いた。
「社長、どうしたんです。顔が真っ青よ。……きっと、悪い報せね」
静子は、敏感に結果を察した様だった。
「どうもこうもない。……TKSテレビの番組審査委員会で、あのビテオが、採用保留になっ
たんだ。……企業イメージを心配して、スポンサーが付かないそうだ」
柏原の説明も、落胆の余り力が抜け、投げやりになった。
それを聞いて、静子も思わず息を呑む。
「じゃあ、経費はどうなるんです。……回収のあてがなくなれば、契約通り弁償させられるの
かしら?」
「特例で、三分の一はTKSでみてくれるそうだ。……でも、全体の額がでかいから、焼石に
水だ。……とても、うちで払い切れる額じゃ無いよ」
二人の間で、暫く沈黙が続いた。
やがて、静子が、ポツリと呟く。
「じゃあ、何もかも、おしまいね。……私達の結婚の計画も……」
柏原は、ビクッと身体を震わせて、静子を見詰めた。
「それと、これとは……」
関係無いよ≠ニ言いかけた柏原の言葉が、静子の醒めた表情に気押されて、弱々しく消え
た。
常に冷静な静子が、莫大な借金を抱えた、しかも、たいして愛してもいない男と、間違って
も結婚する筈がないことに、気付いたのである。
それから一ケ月後、柏原はひとり、人気の無いオフィスで、絶望に沈んでいた。
静子はもとより、アルバイトの学生達も、あれ以来、こゝへは顔を見せない。
しかも、分割にして貰った第一回の支払い日が、明日に迫っていた。
この一ケ月、自分で何とかスポンサーを探そうと、ある限りのつてを辿って駈け回ったが、
全て徒労に終っている。
もの思いに沈んでいた彼は、フト、電話のベルが鳴っているのに気付いた。
手を伸ばして受話器を取ると、懐しい声が耳を打つ。
「柏原さん、お元気? その後、どうしてらっしゃるの?」
彼の顔に、パッと光が射した。
「し、しづちゃんだね。……君こそ、どうしてるんだい? サヨナラも言わずに姿を消してさ
……」
「アラ、私、これで全ておしまいだって言ったでしょう。あれが、お別れの挨拶の積りだった
のよ。……それはそうと、私、今では、例のクラブに勤めているの。そう、あのママさんの居
るバーよ。……それでね、もし柏原さんが未だ金策に困っているんなら、耳寄りの話があるの
よ。一度、話だけでも聞いてみない?」
勿論、柏原に異論のある筈は無い。
それから間もなく、二人は一ケ月ぶりに、昔良く行った喫茶店の奥まった席で、向かい会っ
ていた。
「それで、耳寄りの話って?……」
ひとしきり、金策の苦労をこぼした後で、柏原は、静子の目を見詰めながら、遠慮勝ちに切
り出した。
「それがね、あのママさん、最近、交通事故で奴隷を死なせたの」
「奴隷って……あの……」
「そうよ、あの便器奴隷。……それで、不便でたまらないからって、新しい奴隷を募集してい
るの」
「ヘーッ。……そんなに直ぐ、代りが見付かるのかな?」
「見付かる筈がないでしょう。……なにせ、便器奴隷だもの」
静子は、煙草に火を付け、フーッと煙を上へ吐く。
「でもね。あのママ、お金だけは、掃いて捨てる程持っているわよ。……だから、少し位高く
ても良いから、お金に困っている若い男は居ないかって探してるわ」
「それじゃあ……き、きみは、僕に、その便器奴隷に……」
「誰も、あなたに強制してはいないわ。……たゞ、あなたなら、興味があるかと思って、話し
ただけよ」
「どうして、僕が興味を持つんだ?」
「それはね。……ウフフッ、以前あなたが私のパンティーを舐めたからよ。あの時の、あなた
のウットリした表情から、柏原さんってもしかしたら、女の奴隷になる素質があるんじゃない
かって思ったの」
「ま、真っ平らだ、女の奴隷なんか! まして、便器なんかとんでもない話だ」
「でも、借金は全部払って貰えるし、報酬として莫大なお金が入るわよ。暫くの間、我慢する
だけでね」
「もう聞きたくないよ。じゃあ、又ね!」
柏原は、立ち上がると、くるりと背を見せてそこを飛び出した。
ば、ばかにするにも程がある!
彼の胸中は煮えくり返る様だった。
しかし、暫くして冷静さを取り戻すと、再び、あての無い金策のプレッシャーが、どうしよ
うもない焦りに、彼を駈り立てる。
柏原は意を決して、そのまゝ、TKSテレビ局に向かった。
再度、支払いの日延べを交渉するためである。
しかし、その日の夕刻、オフィスに戻った彼の顔は、文字通り土気色になっていた。
既に、分割・日延べを繰り返した後だけにこれ以上待てないと言うのが、TKS側の言分で
ある。
しかも、柏原にとって不運だったのは、この月末が年度半期の決算季に当たっていたことだ
った。
処理を急ぐ会社側は、柏原の負債を不良債権として、既に金融筋の所謂取り立て屋≠フ手
に委ねてをり、今日の交渉でも、傍に凄味のある組員を控えさせていた。
「払えないのなら、気の毒だが見せしめのため、指を詰めた上で監獄に入って貰う」
頬に傷のあるその組員が、ドスの効いた声で怒鳴った光景が思い起され、柏原は改めて背筋
が凍る思いだった。
彼は、フーッと大きく溜息を付くと、引出しから、先日のテレビショーの候補者リストを取
り出す。そして、例のママの居るクラブの電話を調べてダイヤルした。
幾分ためらいながら、静子を呼び出す。
「アラ、柏原さんね。きっと掛かってくると思っていたわ。……それで、例の件、考えてみた
のね?」
「ウム。君はさっき暫くの間我慢すれば≠ニ言ったけど、どの位の期間だろうか?」
「そうね、先日、交通事故で無くなった奴隷は、三年だったそうよ。……いゝわ。私が聞いて
上げる。……それで、他に知りたいことは?」
柏原は、負債の金額を述べ、明日が返済の期限であることを申し添えた。
一時間程して、折り返し静子から返事の電話が掛かる。
「ママは御機嫌よ。……でも、あなたの場合は可成り金額が張るから、最低五年って言ってる
わ。……その代り、報酬はその一割を出すそうよ。明日の朝契約書にサインすれば、午後には
全額を、あなたの口座に振り込みますって」
「……契約書って?」
「決まってるじゃないの。………奴隷のよ。それも、便器奴隷のね。クックックッ」
柏原は、改めて、頭をガンと殴られた様な気がした。
その晩、柏原は考えあぐねて、まんじりともせず、ひと夜を過ごした。
五年間、死んだ気になって我慢すればいゝんだ。それで、あの、やくざの取り立屋に、指を
詰められることも無いし、監獄行きも免れる。……でも、女の便器奴隷とは! ウーム情け無
い。……しかし、莫大な借金が無くなり、しかも、その一割を礼金に貰える。それを元手に商
売だって始められるしなぁ
思いは転々として様々に乱れた。
しかし、翌朝、彼は寝不足の充血した目で電話の受話器を握り、昨日聞いた静子の自宅へ掛
ける。
呼び出し音が何回も続いた後で、漸く静子の、ものうげな声が答えた。
「アラ、柏原さん。どしたの、こんなに朝早く。……そうだ、判ったわ。あなた、決心したん
でしょう、奴隷になるって! そうでしょう?」
「ウン、色々考えたんでけど……」
「いゝわ。善は急げよ。……十時にママのマンションで会いましょう。弁護士も呼んで、契約
書を用意して貰っておいて上げる。……勿論、私も立ち会うわ。……ウフフ、実は私もお礼を
貰えるの」
数時間後、豪華なマンションの応接室で、柏原は、用意された契約書を熟読していた。
それを、上機嫌のママと静子が見守っている。……と言うより、罠に落ちた獲物を、舌なめ
ずりして眺めている風情だった。
契約書は、一種の業務契約の形式にまとめられ、奴隷≠ニいう言葉は使われてない。
但し、拘束が二十四時間で、業務の内容や業務命令に違反した場合の処置に付いては、別途
当事者間で取り決める念書≠ナ細目を規定出来るとしてあった。
弁護士は、概略の説明を終えると、後を立合人の静子に委せたことにして退席する。
「もう良いでしょう。……あなたに支払う金額に間違いが無ければ、サッサと署名して頂戴。
……ソウ、それで良いわ。……次は、問題の念書よ。これは契約書と同等の効力があるんだか
ら、良く御覧なさい。そこにサインすれば、その瞬間からあなたは私の奴隷になるのよ」
そこには、将に、これから柏原が受ける、奴隷としての数々の屈辱が、具体的に箇条書にし
てあった。
女主人が便器として使用∞舌で女のセックスに奉仕∞犬として四つ這いで……%凵X
のショッキングな文句が、彼の目の中で躍り、湧き出る無念の涙でボーッとにじむ。
震える手でサインを終えると、柏原は二人の前で裸にされ、犬の首輪を嵌められた。
「私、実はね、来週から三ケ月程、海外旅行するの。本当なら、お前を連れて行くんだけど、
未だ便器としての訓練が出来てないから諦らめるわ。……でも、その間に、一人前の便器奴隷
になれる様に、トーレーニングを受けさせて上げる。……そのトレーナーはね、フフフ、この
静子よ。どおぉ、驚いた?」
茫然とする柏原の顔を、ママは面白そうに眺めた。静子も楽しげに付け加える。
「私がね、お前にパンティーを舐めさせた話をしたら、ママが、是非やって見ろとおっしゃる
の。お礼をウンとはずむからって。……それでママの留守の間、このマンションでお前を仕込
む役を、お引き受けしたのよ」
「その通りよ。でもお前、この静子のお尻に悩殺されたんだって?……ウフフ、そのあこがれ
のお尻に征服されるんだから、本望でしょう?」
その日の午後、海外旅行の手続きでママが外出した後、早速、柏原はテレビを見る静子の尻
の下に顔を敷かれていた。
パンティーの上からだが、フックラとした尻肉が、仰向けに寝かされた彼の顔にジンワリと
彼女の体重を伝達する。
トレーニングの間、暴れるといけないからと柏原には手錠、足錠が嵌められ、身体の自由を
全く封じられていた。
その無抵抗の彼の鼻孔には、思ったより強い静子の尻臭が、遠慮無く侵入して来る。
静子はテレビに興じていると見え、時折思い出した様に尻を揺するだけだったが、突然彼に
話し掛けて来た。
「柏原さん……と、呼ぶのは、もうおかしいわね。お前の名前の憲司をとって、これからはケ
ンと呼ぶわ。……お前は私には敬語を使うのよ。私のことは静子様とおっしゃい」
「………………」
「今見てるテレビのドラマね。丁度プロポーズのシーンよ。……そう言えば、お前も私にプロ
ポーズしたことがあったわね。テレビではね。女が返事の代りに男にキスをしてるところよ。
……お前も私に承諾のキスをして欲しい?」
「………………」
「そうね、私のお尻に敷かれてゝは、返事が出来なかったわね。……でも、私、今お前のプロ
ポーズへの返事をして上げる。ちょっとお待ち!」
静子は尻を少し浮かすと、パンティーをクルリと捲り、白い豊なヒップを両手で左右に拡げ
て、盛り上がったアヌスを柏原の唇に押し付けた。
「サー、これが私の返事、拒絶のアヌスキスよ。……クックックッ、良く味わうといゝわ」
静子は尻を小さく揺すって、アヌスで彼の唇を繰り返しにじる。
肉襞に付着していた澱が溶けて彼の口中に拡がった。
狂おしい程の無念さで、思わず呻き声が洩れる。そして熱い涙が目尻を伝った。
一週間後、ママが海外旅行に立った後のマンションでは、静子が、いよいよ本格的な訓練に
掛かる。
その朝、柏原は静子の尻の下で、顔面を硬直させ、唇を震わせていた。
しっこい味の朝尿を時間を掛けてたっぷり飲まされた後、いよいよ、女のアヌスが口の上に
据えられたのである。
この一週間、ママと静子の二人に繰り返し小水を飲まされ続けたので、漸く汚水は飲み下せ
る様になってはいたが、大の方は初めての経験だった。
「ケン、行くわよ!」
静子の声が無情に響いた。
途端に、彼の口中で蕾が膨らみ、プスッとガスが洩れると同時に、思ったより大きな塊りが
舌を押しのけて口腔に排泄される。
その強烈な臭いと味は彼の脳を痺らせ、理性を奪った。ピクンと彼の身体が痙攣し、咽喉の
奥でウーッと呻きが出る。
次々に排泄される静子の汚物を口に受け、吐気をこらえ身もだえしながら飲み込んで行く。
その哀れな姿は、女の人間便器として第一歩を踏み出した柏原にとって、これからの長い年
月の苦難を象徴するものだった。
(完)
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1988年8月スピリッツ8月号
マドンナメイト文庫[黒い爪先]に「四つん這いの牡犬」として収録
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2010/08/14