#28転落のバレンタイン(バレンタインの生理綿啜り)
          阿部譲二

高校時代の友人に偶然出会った男。その友人の妻は昔、彼が憧れた女性だった。車で送って貰う途中、友人は歩行者をはね殺してしまう。友人の妻に想いを寄せる彼は警察に友人を密告。刑務所入りの間にその妻をものにしようと企む。しかし結局、無罪になった友人と妻の奴隷にされ、バレンタインのチョコレートの代わりに彼女の黄金を口に押し込まれる。

「オイ、草山。……お前、草山平太郎じゃないか?……オレだよ、オレ、植村重夫さ。まさか
見忘れたわけじゃあるまいな」
 行きつけの飲み屋で、カウンターに向かって、独り、手酌で飲んでいた草山平太郎は、いき
なり背中を叩かれて振り返った。
忘れもしない、高校時代の同級生だった植村重夫の彫りの深い顔がそこにあった。
「久し振りだなぁー。あれから……そう、十年になるぜ」
 植村は目を細め、しばし視線を宙に泳がせる。その、眉の太い頬骨の張った男っぽい顔は、
高校時代の女生徒達の人気を集めたものだった。
「ウム、本当に久し振りだ」
 おうむ返しに応答した草山平太郎の声には、どこか、素直に再会を喜べないこだわりがあっ
た。
 それを敏感に覚った植村は、ニヤリと笑みを浮かべる。
 何時の間にか草山の隣りの席に座り込んでいた。
「オイ、草山。お前、未だあの事を根に持っているんだろう。……いゝことを教えてやろう。
お前の初恋の人、京子は今じゃ俺の女房さ。……どうだ、驚いたかい」
 草山の肩がビクッと震え、真剣味を帯びた瞳が、植村の面をマジマジと見詰める。
「ホ、本当か……それは」
 草山平太郎の声には、軽口を許さない緊張感がこもっていた。それは明らかに植村の予期し
ない反応だった様である。
「オイオイ、お前、未だ本気で京子のことを想ってたのか?……あれ程、嬲り抜かれたくせに
なぁ。フフフ」
 植村は、草山の目に促されて続ける。
「瓢箪から駒が出たってやつさ。……お前に見せつける為もあって、京子は殊更、俺にベトベ
トしていたんだが、何時の間にか、それが本気になってしまった訳さ。……結婚して四年目だ
が、子供は未だ無い。……どうだい、よかったら今から家に来ないか?……京子に会わせてや
るぜ」
 植村に言われて、草山は、横の掛時計を見た。漸く8時になったところである。
 身に泌み付いた一人暮しの気易さもあって草山は、植村の誘いに頷いていた。両親の死後、
家業の時計修理店を継いで、もう五年近くになるが、係累も無く未だに独身である。
 軽やかなエンジンの音が、助手席に収まった草山の耳には至って単調に響く。
 植村の自慢のスポーツクーペは、草山を乗せてまっしぐらに夜道を駈けた。
 十年……そう、発端は十一年前の高校二年の春のことだった。
 編成変えで同じクラスに成った海野京子の美貌に、草山平太郎は文字通り、ひと目惚れした
のである。
 美貌……と言っても、地方の、いわば田舎の高校である。
 都会の洗練された美しさには較ぶべくも無かったが、それだけに、素朴な小股の切れ上った
健康美が、草山の心を捉えたのだった。
 もっとも、海野京子に関心を示す男生徒は大袈裟に言えば、星の数程もあった。
 内気な草山にとっては、京子の傍に近付くだけでも胸の動悸が高まる始末で、取り巻きの連
中を押し除けて彼女に声を掛けるなど、思いも及ばぬことだった。
 父を幼い頃無くし、母と妹の三人暮しの、所謂、母子家庭に育った海野京子にとって、寄っ
て来るボーイフレンドを利用し、手玉に取ることで、恵まれぬ環境への憂さ晴らしをしていた
と言って良い。
 女王然と男子生徒に君臨する京子に取っては、お気に入りのボーイフレンド達の背後で指を
喰わえて、立ち竦んでいる草山平太郎の姿が、目に止まる筈も無かった。……少くとも、あの
記憶すべき事件迄はである。
 それは、美術のクラスで、一同が野外に出て、学校の裏手の畑で、写生会を行っていた時の
ことであった。
 五月の陽光が野に山に眩しく躍動し、時折吹き抜ける風が、肌に快かった。
 京子を中心とした一団から離れ、やゝ後方に座って、手元の画帳に田園風景をデッサンして
いた草山の視野の中で、京子がヒャーッと派手な声を上げた。
 と同時に、彼女の縁広の帽子が、一陣の突風と共に宙に舞った。
 それはアッと言う間に彼の横を駈け抜け、後方へ飛んで行く。
 草山は反射的にその後を追った。
 風は意地悪く、なおも帽子を舞わせ、畑の端に設けられた堆肥溜めへと運ぶ。
 あわやと言うところで、それは、溜め池の中央に立てられた柱に引っ掛かった。
 池と言っても、六畳大の濠に堆肥を溜めたもので、近付くと異臭が漂っている。
 草山は周囲を回って、手を伸ばして見たものゝ到底及ばない。
 何か棒でもと辺りを見渡したが、乾草が重ねて置いてあるのが見えるだけだった。
 その内、一同が追い付いて来て、溜池のまわりを囲んだ。
「く、臭え!……たまらん臭いだぜ」
「誰か、学校へ戻って棒を持って来るんだ」
 しかし、風を中で不安定に揺れる帽子が、次の瞬間には堆肥の中に落ちることは、誰の目に
も明白だった。
「誰か……お願い!……何とかしてぇ」
 京子の悲鳴に促された様に、草山は靴を脱ぎ捨てると、溜池の中へズブリと片足を差し込ん
だ。
 ウワーッと歓声が起る中で、もう一方の足を踏み出す。
 ズブズブと腰まで沈んだ格好で、漸く帽子に手が届いた。
 周囲から一斉に拍手が起る。
 続いて草山が帽子を池の端の京子に手渡し、地上に這い上ろうとした時だった。
 ツルッと滑って上体が傾き、草山の身体は背中から溜池の中へと落ち込んでしまった。
 頭まで堆肥を被り、漸くのことで這い上がった草山を、一同は鼻を摘みながら遠巻きにして
いるだけである。
 近くの小川で、汚れを落したものゝ、臭いは消えない。
 学校のシャワールームで裸になって全身を洗って、初めて人心地が付いた。
 しかし、努力の甲斐あって、当然のことながら、翌日、草山は海野京子から感謝の言葉を受
ける。
 だが、それは彼の期待に反して、女王が臣下の功績にお誉めの言葉を掛ける時さながらの尊
大さで行われた。
 しかも周囲には、彼女の取り巻き連中を同席させてのうえである。
「草山君、昨日は有難う。……臭いはすっかり取れて? フフフ」
 京子の黒目勝ちの大きな瞳で、ジーッと見詰められて、草山は思わずドギマギした。
「いえ。……そのぉ……に、臭いは取れました」
 何となく威圧される思いで、同級生の間柄なのに、言葉使いが自然と敬語に成る。
「そおぉ、良かったわね。……あの時君が私の帽子を取るため、肥溜に足を踏み入れた時は、
私、とっても感動したのよ」
「…………………」
「中世の騎士が、姫君のスカーフを争って戦うシーンが、映画で良くあるでしょう。……あれ
よ、君はあのナイトだわ」
 京子の幾分芝居がかった口調に、傍から野次が入る。
「それにしちゃー、ドジなナイトだぜ。……クソまみれになってさ!」
 どっと笑いが弾ける。京子もおかしそうに口を抑えた。
「クックックッ。……御免なさい。でも事実なんだから、仕方無いわね。……それはそうと、
草山君、あなた、良かったら私のグループに入れて上げるわよ」
 赤くなって立ち竦んでいた草山にとって、それは、願っても無い嬉しい申出だった。
「お、お願いします。……是非、僕を京子さんのグループの一員にして下さい」
 こうして、草山は、海野京子を中心とする八名程のグルーブに、新参メンバーとして加わっ
たのである。
 ところで、グループの中には、森美千代と吉村朱実の二人の女生徒が居た。
 もともと、女だけの仲良し三人組だった所へ、京子目当ての男生徒の取り巻きが、合体した
と言った方が良い。
 又、男の連中の内では、やはり、あの植村重夫が、京子と最短距離にあった。
 美千代と朱実は、グループの中のサブリーダー気取りで、新入りの草山平太郎をからかいな
がら、色々と注文を付ける。
「草山君、ニックネーム無いんでしょう?……私達で考えて上げるわ」
「ネ、ネエ。肥溜めのナイトだから、コエナイト≠ヘどう?」
「プッ、競馬の名前みたいじゃないの。……こゝは平凡に、平太郎から平ちゃんでは?」
「それなら、平公が良いわ。京子の忠実な忠犬ハチ公……じゃなくって平公。……これで決ま
りよ。……草山君には、犬並の呼び名がピッタリだわ」
 そのニックネームは、忽ち、クラス中に伝わった。
 平公の呼び名に込められた軽侮の響きは、草山の自尊心を甚だしく傷付けたが、京子が率先
して平公を連発したため、彼も泣き寝いりをせざるを得なかった。
 美千代と朱実は、グループの中で草山を徹底的に軽視し、京子の威光を笠に着て、平公
平公≠ニ彼を雑用に追い使う。
 言われるまゝに柔順に従う草山は、クラスの中で、意気地無しのレッテルを貼られ、全員に
軽んじられる様に成った。
 そして、草山に取って一番情けなかったのは、肝腎の京子までが、彼を皆の前で馬鹿にする
ように成ったことである。
 そして、それは忘れもしない二月十四日のバレンタインデーのことだった。
 午前中のクラスが終り、グループ一同が教室の隅に椅子を集め、ひと塊りになって昼食の弁
当を拡げた時だった。
 京子が、草山を手招きする。
「平公、一寸お使いに行っておいで。……校門を出た所の薬屋へ行って、アンネのタンポンを
買って来るのよ。私、さっき急に生理が始まったんだから」
 京子は、顔を赤くして立ち竦む草山には頓着無く続ける。
「ア、それから、その隣りに洋品店があるでしょう。そこで私のパンティーを買っておいで。
サイズはL、柄は私が今穿いているのに成可く似たのを選ぶのよ。……ホラ、この柄よ」
 京子は、草山の方にクルリと尻を向け、スカートをめくって見せた。
 ピンクの花模様を散らしたパンティーに覆われた豊満なヒップが、彼の前に姿を現わす。
 その股間は、ベットリと赤黒く染まっていた。
 生れて初めて見る圧倒的なボリューム感に溢れた女のヒップに、草山は、まさに目が眩む思
いである。
 彼は抗議することも忘れて、フラフラと校門を出た。生憎、耳の遠い薬屋のおやじは、怪訝
な顔で草山の注文を何回も聞き返した。
「何? 生理用のタンポン?……そりゃあ女の子の使うものだぞ。コンドームの間違いじゃな
いのか?……何? 頼まれたんだって? ヘェー、最近の男の子は、すっかり女の尻に敷かれ
ていると見えるな!」
 そのズケズケした物言いに、草山は耳まで赤く成って隣りの洋品店に入る。
 そしてこゝでも、懸念された事態が繰り返された。
 店の女主人の、かん高い声!
「お客さん。男物は反対側ですよ……そこは女物だけですったら。……アラアラ、それをお買
い上げ? ヘェー変った趣味の学生さんね」
 店の女客のクスクス笑いと、好奇の視線に曝されながらの買物。……彼は、文字通り顔から
火の出る思いだった。
 それでも、無事に買物を終えて草山が持ち帰った品物を、ニヤリと笑いながら受取ると京子
はトイレに立つ。
 その後を追った美千代と朱実が、暫くして一足先に帰って来た。
 二人は、草山を校庭の物蔭に呼び出すと、薄笑いを浮かべながら、手に持った紙袋の口を拡
げた。
 中には赤く染まった綿の塊りと、見覚えのある京子の汚れたパンティーが覗いている。
「平公、お前、京子のためなら、どんなことでもするんだろう?」
 紙袋の中をマジマジと見詰めている草山を美千代が小突く。横から朱実が続けた。
「京子のためなら、くさーい肥溜に頭まで浸ったんだもん。……どんな汚ないことでも、出来
るよね」
「…………………」
 二人の意図を計り兼ねて沈黙する彼に、美千代がズバリと切り込んだ。
「お前、京子が死ぬ程好きなんだろう。……京子の命令なら、どんなことだってするね」
 草山は、黙って頷いた。
「京子はね、お前にその証拠を見せて欲しいんだって」
「証拠を?……」
「そうよ。京子の命令なら、どんなことでもするって証拠をね」
「そりゃぁ……僕は、何時でも……」
「じゃあ、この中の汚れ物を口の中に入れて味わうのよ。そして、その有様を京子に見て貰う
の。……きっと、彼女、感激するわよ」
「で、でも……本当に、京子さんが、それを僕にして欲しいと……」
「勿論よ。好きな人のものなら、汚いなんて思う筈がないって。……サ、早く!」
 流石にためらう草山を見て、じれったそうに朱実が口を出す。
「ホラ、口を開けて御覧!……私が入れて上げるから」
 恐る恐る開いた草山の口の中に、先ず、どっぷりと赤い汚物を吸ったタンポンが、続いて、
パンティーが押し込まれた。
 生臭い匂いが、口中一杯に拡がる。
「フフフ、それで良いわ。……口の中で唾を出して、汚れを溶かして御覧。……今度は、それ
をグッと飲み込んで!」
 美千代の指図のまゝに、草山の咽喉がゴクリと鳴る。
 苦味の混った塩辛い味が、彼の咽喉を焼いた。
「サ、これで良いわ。……皆の所へ行って、京子に見て貰いましょう。クックックッ」
 美千代と朱実は、草山を追い立てる様にして、雑談に余念の無い一同の許に戻り、京子の正
面に彼を押し出した。
 不意に目の前に現われて、地面に跪いた草山の姿を見て、京子は目をパチクリする。
(京子さん。おっしゃる通り、貴女の汚れ物を口の中で味わっています!)
 草山は、そう言った積りだが、勿論声に成る筈がない。ただウーウーと呻き声が洩れるのみ
だった。
 口腔一杯に頬張った花柄のパンティーが、口元からはみ出し、口の端からは、タンポンに繋
がる糸がダラリと垂れ下っている。
 マジマジと、それを見積めていた京子は、漸く事態を理解して、アッと小さな叫び声を上げ
た。……すかさず美千代が口を挟む。
「平公ったらネ。私達が捨てに行こうとした京子の汚れ物を横取りして、驚いたことに口の中
に入れてしまったの。……ホラ、咽喉が動くでしょう。……京子の排泄した汚れを味わってる
のよ。……イヤラシイったらありゃしない!」
 見る見る京子の表情が、軽蔑で歪む。
 対照的に、草山の顔には狼狽の色が浮かんだ。
(畜生! 美千代と朱実の奴等に、まんまと騙されたんだ!)
 しかし、気が付くのが遅過ぎたのは確かである。
 冷い蔑みの目で、ジーッと草山を見詰めなら、京子は、いきなり彼の顔に唾を吐き掛けた。
 それが、まともに両眼を襲い、京子の顔が唾の中にぼやける。
 目をしばたいている内に、再びペッと云う音と共に、ねっとりとした唾の塊りが、今度は、
鼻の頭に炸裂した。
 草山は、慌てゝ口の中のパンティーを吐き出して、弁解に努める。
「き、京子さんのものなら、……き、汚なくない。……それを見て貰えば、京子さんが喜ぶっ
て言われて……」
 敢えて、美千代と朱実の名を出さなったのは、後での仕返しを恐れたためだった。
「私が喜ぶですって? 胸が悪くて反吐が出そうだわ。……いゝこと。お前が汚くないと思っ
ても、私に取っては汚いの! その汚いものを口にしたお前は、穢れた男……以前の肥溜の時
とは、シチュエーションが違うことぐらい、判るでしょう」
 京子は、ポンポンと言い放って、しょげ返った草山の顔を見守った。
 パンティーは吐き出したものゝ、口腔に残ったタンポンの糸は依然、口の端からだらしなく
外へ垂れ下がり、京子に吐き掛けられた唾が、帯に成って光りながら鼻の脇を伝って唇に達し
ている。
 その有様は、みじめさを通り越して、むしろ滑稽ですらあった。
 漸く、感情の収まった京子は、思わずクスッと笑いを洩らす。
「お前、顔を洗っておいで。みんなにバレンタインのプレゼントを渡すから。……その口の中
のタンポンも、ちゃんと始末して来るんだよ。フフフ」
 草山が戻って来ると、丁度プレゼントを配り終えた所と見えて、グループの面々が包装を破
って、チョコレートを口にしている所だった。
「平公、こゝへお座り!」
 京子は、椅子に座ったまゝ、目の前の床を指す。
 オズオズと床に正座した草山の目の前で、京子がこれ見よがしに足を高く組んだ。
 瞬間、紺のスカートから白い太股がこぼれて彼は思わずドキッとする。
「お前はネ、私の汚れ物で、身体の中まで穢れた身よ。……本当なら、このチョコレートを貰
える資格は無いわ。……でもね、可哀そうだから、お前にふさわしいやり方で、食べさせて上
げる」
 京子はチョコレートの塊りを口に含むと、同時にソックスを脱ぐ。
 充分唾でまぶした塊りを足指の間に挟むと、草山の顔の前に突き付けた。
 ピンと反った爪先が、ゆっくりと上下し、草山に屈辱の行為を促す。
「さあ、どうしたの? 食べるのよ。勿論、手は使わないでね」
 周囲の好奇の目を意識して、一瞬ひるんだものゝ、京子の命令に背ける草山ではなかった。
 まるで、催眠術にかゝった様な空ろな目で、手を前の床に突き、京子の足先へ舌を伸ばす。
 プンと足のむれた匂いが鼻を衝いた。
「足の指も、一緒にしゃぶって、良く味わいなさい!」
 草山は彼女の命ずるまゝに、爪先ごと口中に含んで舌を動かした。
 甘いチョコレートの味と、苦い足指の汚れの味とがミックスして、複雑な屈従の味覚をかも
し出す。
 クックックッと京子の満足そうな笑い声に、彼女の驕慢な心の動きが現れていた。
 すっかりチョコレートが溶けた後は、足指の間を丁寧に舐め清める。
 更に舌を伸ばして足裏にはみ出した分を、汚れと共に吸い取って行った。
 突然、パッとフラッシュが閃き、朱実のクスクス笑いが続く。
「良い格好よ。まるで、犬そっくり!……記念写真を撮っといたわ」
 そして、今度は美千代が、自分の足指にも同様にチョコレートを挟んで、横から突出して来
た。
「ホラ、京子のが終ったら、今度はこっちよ……有難くお舐め!」
 草山も、これには流石に内心カッと来た。
 京子に唾を吐き掛けられ、この様な辱めを受けるのも、元とは言えば、美千代と朱実の企み
に騙された為である。
 その当の美千代から、殊もあろうに、京子に対すると同様な屈従を強いられる理由は、ある
筈が無かった。
 草山は、京子の足を舐め終っても、美千代の方は無視して、そっぽを向く。
 その気配を察してか、美千代は京子の耳に口を寄せて、何事か囁いた。京子は頷くと、唇に
薄笑いを浮かべて、草山を冷たい目で見下ろす。
 その瞳には、鼠をいたぶる猫の冷酷さと、気まぐれな嗜虐の光が宿っている。
 彼は、悪い予感がスーッと背を駈け抜けるのを覚えた。
「平公、お前は穢れに染まったんだよ。……今日からは、このグループ全員に頭が上がらない
身になったことを忘れちゃいけないわ。……サァー、美代子に、それから朱実にも、お願いす
るんだよ。……私と同じ様なやり方で、バレンタインのプレゼントを戴きたいってね。フフフ
……これは、私の命令よ!」
 京子の口調には、草山に否応を言わせぬ高圧的な響きがあった。
 ノロノロと美千代の足の前に吐い寄った彼は、流石に無念さで胸の潰れる思いである。
「ウフフ、京子と同じ様にして欲しいんだろう?……ホレ、お舐め!」
 美千代の、チョコレートを挟んだ足先が、ぐいと無慈悲に草山の唇を割る。
 それを口に含む彼の頬には、口惜し涙が伝った。
 追討ちを掛ける様に、ペッ!と美知子の唾が草山の額を直撃する。
 ピクッと彼の肩が震えた。
(ひどい! おとなしく舐めてるのに……ひどい!)
 思わず、身悶えする程のショックだった。
 美千代の足を、やっとの思いで舐め終えた彼は、鈍る心に鞭打ちながら、朱実の足元にいざ
り寄る。
「おうおう、今度は、私からバレンタインのプレゼントを貰いたいの?……お生憎さま。今、
最後の塊りを食べ終った所よ。でも折角だから、口の中に残っている香りを上げるわ。ホラ、
口を開けて!」
 何のことか、いぶかりながら開けた草山の咽喉目がけて、朱実は口をすぼめてタップリ溜め
た唾を吐き込んだ。
 アッと思った瞬間、素早く朱実の足先が彼の口中に押し込まれる。サンダル履きの彼女の素
足は薄黒く汚れていて、刺す様な苦味が草山の口腔を満たした。
 思いも掛けず、京子以外の女達から与えられる余りの屈辱に、彼の頭は火の様に熱し、溢れ
る涙に目は盲目と成った。
 胸の奥から衝き上げる嗚咽も、朱実の足先が更に深く押し込まれると声に成らず、咽喉がわ
ずかに、ピクリピクリと痙攣するばかりだった。
 こうして、このバレンタインの日を境に、京子のグループ内での草山の扱いは、最早、グル
ープの一員に対するものではなく、京子を含めたグループの女生徒達の嬲り者に転落したので
ある。
 生来の気弱さと、いくら嬲られても衰えぬ京子への募る思いが、草山をこの新しい境遇に甘
んじさせたと言える。
 三年に進学すると、京子のグループにも変化が訪れた。
 クラス編成替えでメンバーが散りじりになったことと、受験を控えて一同が学業に専念せざ
るを得なくなったこと。……そして何より決定的だったのは、海野京子と植村重夫の仲が以前
にも増して接近し、京子の周囲から潮の引く様に、男女生徒の取り巻き連が消え去ったことだ
った。
 それでも、偶然同じクラスに残った京子と植村、そして草山の三人が、何時も行動を共にし
て、グループの名残りを止めていた。
 勿論、草山は、京子と植村重夫の二人に仕える召使いと云った位置付けである。
 京子の気まぐれは相変らずで、草山に優しく声を掛けるかと思うと、退屈しのぎに様々な屈
辱的な行為を草山に要求し、彼を慰み者にするのだった。
 京子にして見れば、蹴っても蹴っても足にまつわり付いて来る犬の様な草山が、自分の魅力
に心底参っていて、どんなひどい扱いをしても、離れて行く気遣いの無いことを知り抜いてい
る。
 それだけに、草山の前で、殊更、植村といちゃついて見せて、草山の情けなさ一杯の顔……
それは、飴を取り上げられた子供が、目の前でそれを食べるのを見せ付けられている表情さな
がらだったが……を眺めては、優越感と嗜虐感に浸るのだった。
 毎週土曜の放課後、かってはグループ全員でスポーツに遊びに、行動を共にしたものだった
が、今や京子と植村のデートに草山が、お供する形に成っている。
 腕を組んで歩く二人の後ろから、三人分の鞄を下げて付き従う草山の姿は、他の級友の笑い
者になった。
 皆は、彼のことを、京子の家来≠ニ呼んだが、実質は殆ど奴隷≠ノ近い扱いを受けてい
たのである。
 京子と植村は、好んで学校の裏手の山を散策しながら遠回りして帰宅することが多かった。
 見晴らしの良い、人気の無いスロープに腰を下ろした二人は、草山の目の前で、これ見よが
しに抱き合って唇を重ねる。
 茫然と佇む草山に、京子の声が飛んだ。
「平公、羨ましいだろう。お前にも、お裾分けしてやるよ。……ホラ、ぼやぼやせずに、私の
足の裏をお舐め! フフフ」
 抱き合う二人の足元で、四つ這いになって京子の足の裏を舐める草山の目は、屈辱で赤く充
血する。
 しかし、度重なる内に、諦めと慣れが彼の羞恥心を奪い、上目使いに二人のキッスシーンを
盗み見ながら、京子の感情の高ぶりに合わせて、舐め続ける余裕も生じて来た。
 意外なことに、京子と植山の間柄は、ペッティングの域に留まり、決してセックス行為の段
階に進むことは無かった。
 家庭で一家を支える母の姿が、京子にそこまでのふしだらを謹しませたとも言えよう。
「ハイ、御褒美よ。……これを顔に被っておいで」
 時折、京子は、足舐めを終えた草山の顔面に、穿いているパンティーを脱いで被せることが
あった。
 大抵の場合、植村とのペッティングで股間の部分が分秘液でベッタリと濡れそぼってをり、
そのまゝ穿いて歩く気がしなくなったからと思われる。
 しかも、京子は草山の両眼を、夫々、パンティーの足を入れる部分から覗かせ、その両端を
耳に掛けた。すると、必然的に股間の部分が、顔の中央を上下に走る形になる。
 彼女は、その部分を上下からたくし込んで彼の鼻の下あたりで襞を寄せる。
 ベットリと汚れた部分の一部を鼻孔に当て、残りを口に含ませたのである。
 京子の命名した、パンティーのマスク=c…それは草山にとって、悩ましくも屈辱に満ち
た、一種の猿轡であった。
 彼女の好みの、花柄のパンティーを顔面に当て、その香りと味にむせびながら、人気の無い
山道を散策する二人の後を追う。
 それは既に、京子の奴隷に転落した草山の哀れな姿だった。
 或時、京子が尿意を催して、繁みの中で用を足したことがあった。
 植村と二人で、距離を置いて佇んでいた草山に、京子が呼び掛ける。
「平公、こっちへおいで。……いゝの、構わないから傍へお寄り」
 繁みを回り込むと、草叢にしゃがみ込んでいる京子が見えた。
 近寄ると、彼女の大きな白い尻が目に入る。
 ドキッとして立ち止まった彼を、京子はじれったそうに、更に近くへ呼び寄せた。
「ティッシュペーパーを忘れたの。お前、そこに仰向けに寝て、目をおつぶり。……お前の舌
で後始末して貰うから」
 興奮で身体を震わせながら、地面に横たわる草山の顔の上に、プンと尿の匂い。……続いて
ボリュームのある肉塊が、じわりと彼の唇を捉える。
「どうしたの? 舌と唇で、奇麗に清めるのよ……フフフ、そう、それで良いわ。とうとう、
これでお前は私のトイレットペーパーに成ったってわけね。……ホラ、これはおまけよ」
 言われた通り、固く目を閉じて秘肉に舌を這わせる草山の顔の上で、肉塊が僅かに上へ移動
し、じっとり湿ったアヌスの粘膜が、彼の鼻孔に押し当てられる。
 続いて、ブスッと音と共に、大量のガスが彼の鼻孔に、まともに注入された。
 流石に草山も、予想外の辱めに気が動転し、微かな呻き声と共に、全身を痙攣させる。
「フフフ、この臭いを良く覚えるのよ。これからは、お前が自分の身分を忘れない様に、時々
嗅がしてやるからね。クックックッ」
 京子は、それ以来、週に一回は彼の顔に跨がり、濡れそぼった局所を清めさせる様になった
が、彼女の言葉通り、その後で必ずアヌスを彼の鼻孔に押し付けた。
 ガスが出ない時は、たっぷり糞臭を嗅がせたうえ、アヌスへの接吻を強要する。
 何れにしても、その一連の行為で、草山の男の誇りを完全に奪い去り、徹底した屈従を強い
たのだった。
 遠い昔の屈辱の記憶が、植村の車の単調なエンジン音の中で、まるで昨日のことの様に次々
と思い出される。
 その内、車はいつしか高速道路を出て、密集した住宅地域に入っていた。
「着いたぞ。……こゝだ」
 植村は、真新しい一軒の家の前で車を止めた。
 玄関にカーポートが設けてある、二階建ての小じんまりした造りである。
「住宅ローンで買って、二年程前に移って来たんだ。女房の母親が、昨年亡くなったんで妹の
女子大生を引き取って、三人暮しさ」
 そう言えば、京子には当時、小学生の妹が居たっけ……草山は、ぼんやりと遠い記憶をまさ
ぐった。
 母子家庭で、幼い妹の面倒を見なければならないハンディが、却って京子に、外へ向かって
突っ張る性格を与えたのかも知れなかった。
「おかえりなさい。……アラ、お客様?」
 聞き覚えのある、懐しい京子の声である。
「お久し振りです。お変りありませんか?」
 植村の後から玄関に足を踏み入れながら、草山は、出迎える京子の顔を振り仰いだ。
「アッ、貴方は平公、……じゃなかった草山さん!」
 目を大きく見開いて、マジマジとこちらを見守る京子の顔は、十年前の彼女と殆ど変ってい
ない。
 とは言うものゝ、頬がふっくらと丸味を増し、全体に生硬さが取れて、将に女盛りのあでや
かさだった。
「まあ、上れよ。……再会を祝して、皆で乾杯と行こう」
 それから、約一時間、植村と草山は、昔話を肴に盃を汲み交した。
 京子は、給仕を兼ねて同席し、時折控え目に会話に加わったが、流石に話題を慎重に選び、
昔の彼女が草山に加えた仕打に関しては一切触れぬ様に気を遣っている。
 その内、外出していた京子の妹が帰宅し、草山はそれを機に、席を辞した。
「草山さん、紹介するわ。……これが妹の早苗で、S女子大の二年生。……むかし小学生時代
に、確か、お会いになっている筈よ」
 玄関に降り立った所で、京子に紹介された早苗は、姉に良く似た面立ちながら、より、クー
ルで理知的な雰囲気を持っている。
 小学生時代の彼女は、草山の記憶に無かったが、今では姉よりも身長も高く、ひと回り大柄
なグラマーに成長していた。
 可成りアルコールの回った植村が、それでも最寄りの駅まで送ると言い張るので、草山は、
来た時同様、植村の運転する車の人となる。
 京子姉妹に送られて、車は可成りのスピードで、忽ち夜の闇に溶け込んだ。
「オイ、京子はどうだった。昔と変ってないだろう。……もっとも、今日は他人行儀に猫を被
っていたがな。……これでお前も気が済んだろう」
 植村の真意は、どうやら、自分の女房に収まっている京子の姿を見せて、草山の恋心を絶ち
切ることにあったらしい。
 しかし、高校時代を通じての草山の京子に対する恋心は、彼女を自分のものにしたいと考え
る以前の、盲目的なあこがれの段階に留まっていた。
 と言うより、京子の態度が彼にそれ以上の進展を許さず、彼を奴隷の如く扱うことで、その
恋心を屈従の檻の中に閉じ込めてしまっていたと言える。
 従って、植村の思惑はとんだ見当違いで、むしろ、檻から放たれた草山の恋心を煽る様な結
果となってしまったのである。
 最寄りの駅で良いと言うのを、植村は家まで送ると言い出して、きかなかった。
 高速道路をスッ飛ばして、忽ち車は草山の住む町の商店街に入る。
 所が、彼の店、草山時計店の直ぐ近く迄来た時に、予想もしなかった事態が発生した。
 道の中央を千鳥足で歩く男が、急にヘッドライトの中に浮かび上がったかと思うと、車のバ
ンパーに、ぐわんと衝撃を残して一瞬の内に消え去ったのである。
 植村は咄嗟に、キ、キーッとブレーキの軋み音を立てゝ車を急停車させる。
 後ろを振り返って見ると、街灯に照らされた路上に、長々と寝そべる黒い影があった。
「オイ、どうしよう……」
 植村は酔いも一時にふっとんだと見えて、蒼白な顔で唇を震わせる。
「き、救急車を……それに警察に届けなくっちゃ……」
 草山も、思わぬ成り行きに、動転気味だった。
「ま、待て。……あいつが悪いんだ。酔っぱらって車の前に飛び込んで来やがって……」
 植村は、アクセルをふかして、急に車を発進させた。
 路上の黒い影が、みるみる後方へ飛び去る。
「オ、オイ……いいのか?……アッ、そこが俺の家だ」
 車は草山の家を可成りオーバーした所で、急停車した。
 ドアを開け様とした草山に、植村が低い声で囁く。
「いゝか。……さっきのことは誰にも言うんじゃないぜ。判ったな」
 草山は、大きく頷いて路上に降り立った。車は唸りを立てゝ闇に消える。
 しかし、草山の脳裏には、あの路上に残された黒い影が、こびり付いて離れなかった。
 翌朝……恐いもの見たさで、昨夜の場所をさりげなく訪れた草山は、警官の姿を見て、ドキ
ッとする。
 路上の人影は、勿論、既に無かったが、チョークで倒れた位置に人の形が描かれ、巻尺を持
った数人の警官が、現場検証中だった。
 物見高い人達が、三々五々、それを見守りながら話を交わしているのを聞くと、被害者は、
驚いたことに草山も良く知っている町内の有力者だった。草山の両親が亡くなった時に、縁戚
の少い彼のために、親身になって世話してくれた人である。
 今朝未明に、救急車が病院に運んだそうだが、意識不明で、その後も危篤状態が続いている
とのことだった。
 次の日の朝刊の地方版に、この引き逃げの記事が載り、被害者が病院で死亡し、当局は引き
逃げ犯を鋭意捜査中とある。
 目撃者は、至急名乗り出て欲しいとの警察の談話が、添書きしてあった。
 その時、或る考えが草山の脳裏に閃いた。
(もし……もしも自分が、こっそり警察に真犯人を知らせたら……)
 当然、植村は逮捕され、過失致死で監獄行きである。
 引き逃げ犯だから、刑も重く、最低五年は世間に出て来られまい。
 すると残された京子は、頼る人も無く……そう成れば、彼にチャンスが回って来る可能性は
充分にある。
 草山は、興奮の余り思わず身震いが出た。その瞬間、彼は、殆ど衝動的に受話器を取り上げ
ダイヤルを回していた。
「モシモシ……警察ですか?……一昨夜の引き逃げ事件で、もし匿名で良ければ、情報を提供
したいのですが……はあ、その事件です。……いえ、出頭して証言するのは困るんです。……
いゝですか、犯人はですね、植村重夫二十八歳で、K市に住んでいます。車を調べて貰えば、
痕跡が残っている筈ですから」
 草山は、言い終えると一方的に電話を切った。
 胸がドキドキ高鳴っているのが、自分でも良く判る。
 植村に対し、後ろめたい気持が心に引っ掛かったが、世話になった被害者への、せめてもの
恩返しと自分を納得させた。
 しかし、何と言っても京子の心を掴む絶好のチャンスとの期待が、全てに優先したことは確
かである。
 翌朝、彼は、震える手で新聞のペーシを繰った。……あった!草山の心臓は、大きく躍る。
 思わず、生唾をゴクリと飲み込んだ。
 うっかりすると、見逃しそうな小さな見出しで、引き逃げ犯の容疑者連行≠ニある。
 内容は簡単に、市民の通報でK市の容疑者が浮かび、取り調べ中とあった。
 氏名は匿名になっている。
 草山が期待していた様に、引き逃げ殺人犯逮捕と云ったセンセーショナルな表現でない点が
幾分、物足りなかったが、植村が連行された以上、それも時間の問題だった。
 ホッと大きく吐息をつくと、今度は無性に京子に会いたくなる。
 それをぐっとこらえて待つんだ≠ニ自分に言い聞かせた。
 それから一週間、草山は毎日目を皿の様にして新聞を読みあさったが、あの引き逃げ事件の
報道は、ぷっつり途絶えたまゝである。
 たまり兼ねて、新聞社に電話して見たが、その後の進展は掴んでいないとの答えだった。
 何度かためらった末、植村から聞いて控えてあった、彼の自宅の電話番号をダイヤルする。
「モシモシ、植村さんのお宅ですか?……アッ、京子さんですね。僕です、先日お伺いした草
山です。」
「まあ、草山さん。先日は久し振りで懐しかったわ。……生憎、主人は今、居ませんのよ」
「そうですかぁ。何時頃、お戻りですか?」
「それが……何時になるか判らないんです」
「どうしたんですか? 彼に何かあったんですか?……もし、僕でお役に立つことがあれば、
何でも言って下さい」
「あのお……草山さんは警察にお知り合なんか、無いでしょうね?」
「警察ですか? 別に知り合はありませんが……彼が警察と何か面倒を起してるんですか?」
「あの……先日、警察の人が見えて、そのまゝ連行されて行ったんです。昨日、面会に行って
来たんですが、何か引き逃げの容疑だとかで……車も警察の人が、持って行ってしまうし……
私、何だか不安で……」
「そりゃ、大変だ。僕では、何のたしにもならないでしょうが、とにかく今からそちらに伺い
ます。……いゝですね」
「ええ、そうして戴ければ、心強いわ」
 受話器を置いた草山は、内心小躍りせんばかりだった。
 余りに、ことが巧く行き過ぎて、気味が悪い程である。
 少くとも、今度は、京子に対等の人間として扱って貰える。……いや、それどころか、夫が
警察に連行された後、頼る者とてない人妻にとって、力強い友人の役を演じることが出来そう
だった。
 植村の家を訪れた草山を、京子は憔悴した面持ちで迎え入れた。
 全ては、彼の期待以上のスムースさで進展して行く。
 時計修理と云う自営業の気楽さで草山は京子に、植村が帰って来るまで、当分毎日、様子を
見に来ると約束した。
 それから、約一ケ月が過ぎた。
 その間、植村家に毎日の様に入りびたった草山は、京子の信頼を一身に集め、妹の早苗とも
すっかり親しくなった。
「草山さんが、こんなに親切な方だとは思わなかったわ。……高校の時には、随分ひどいこと
をして、御免なさいね」
 京子は、しみじみとした口調で述べた。
 草山は、天にも登る心地である。
「京子さん。僕は、何とも思っちゃいませんよ。何しろ、あの頃は、寝ても覚めても、京子さ
んのことを想い続けていましたからね。……実は、今でも貴女のことが忘れられないでいるん
です」
「そうなの……高校の時に、貴方が私のことを想って下さってたのは良く判っていたけれど、
今でも気持が変っていないなんて……草山さんって、純情なのね」
「それだけ、愛情の度合が強いからですよ。……もし……もしも、ですよ。植村君が、このま
ま当分帰って来ない様でしたら、私が京子さんをお世話しても良いと思ってるんです」
「お世話するって……例えば、経済的にですの?」
「勿論、経済面も含めてです。……私には親から譲り受けた家があり、今独り暮しです。私の
生活に干渉するうるさい親戚も、係累もありません。店の方も順調ですし、可成りの貯金もあ
ります。京子さんと早苗さんを、お世話するのはお易い御用です。……そして、もし……」
「もし、何ですの?」
「もし、京子さんが植村君と分かれる様なことがあったら、是非、私と結婚して戴きたいんで
す。……僕は、きっと京子さんを幸わせにして見せます。必ずです!」
 草山の口調は次第に熱っぽくなって来た。
 京子は、彼のやゝ性急とも思える申し出に、別に気を悪くした様子もなく、真剣に考え込む
風情である。
「京子さん。これが、僕の本当の気持なんです。どうか考えておいて下さい。……それから、
話は違いますが、昨夜、私の叔父が亡くなったとの報せがあったので、急ですが今夜立つこと
にしました。葬式の後、田舎に残した私名義の不動産を処分して来る積りですから、二週間程
こちらへ来られません。……でも、再来週の水曜日の晩には帰って来ますから、木曜の午後に
は又そちらへ伺います」
「アラー、二週間も……心細いわ。再来週の木曜日と言うと……アラ、二月十四日よ。バレン
タィンデーだわ」
 カレンダーを見ながら、京子が呟く。
「いゝわ。草山さんには、バレンタインのプレゼントを用意しておきますから、楽しみにして
らして……アラ、勿論、昔みたいな失礼なことはしませんわ。フフフ」
 高校二年の、あのバレンタインデーの日のことを思い出して、京子の目にいたずらっぽい光
が宿る。
 一方、草山は、忘れられぬ屈辱の記憶を呼び起されて、真っ赤に成った。
 草山が、故郷の田舎を訪れたのは、小学生の時に両親とこの地を離れて以来、二十数年振り
である。
 唯一の身寄りである、叔父の葬式を済ませた後、不動産の処分に、意外に手間取ったものゝ
彼は何とか京子に約束した日に戻って来ることが出来た。
(もう、植村の刑期が確定した頃だな。……もしかして京子が彼との離婚を決意していてくれ
たら、明日は素晴しいバレンタインデーになるんだがなぁ)
 その夜、床に就きながら、草山は心の中で呟いていた。
 順調な事の成り行きにすっかり自信を深めた彼には、そうした事態も決して不可能ではない
……むしろ当然の帰結の様に思えていたのである。
 その翌朝、旅の疲れですっかり寝過してしまった彼が、ゆったりした気分で朝昼兼用の食事
を終えた時である。
 店のすぐ前で、キ、キーッと大型トラックのブレーキ音がして、何人かの男が声を掛けあい
荷物を下ろし始める気配がした。
 何事かと腰を浮かした時、チャイムの音と共に若い女の声が響く。
「草山さぁーん。……私よ……京子です。……表てを開けて頂戴!」
 草山は、ハッとして、スリッパを穿くのももどかしく、土間を駈け抜けて手早く店の表戸を
開けた。
「ど、どうしたんですか? 今からお宅に伺うところだったんですよ」
「引越よ。……ホラ、このトラックの荷物を見て頂戴! 私達、草山さんのお宅へ引越して来
たのよ。……先日、私達をお世話して下さるって、言って下さったでしょう。……私達、貴方
のお言葉に甘えることにしたの。いゝでしょう?」
 妹の早苗と並んで戸口で微笑む京子の顔が美しく陽に映え、草山の胸は希望で躍った。
「勿論いゝですとも! 丁度、二階の部屋が空いてますから、どんどん荷物を運び入れて下さ
い。……私も手伝いますから」
「有難う。でも、人手は充分ありますから、御心配なく。それより、草山さんには別にお願い
があるの。……今から直ぐに植村の家に行って、家の管理会社の人から書類を受取って来て下
さらない? 荷物は全部運び出したんだけど、家を借金の返済の為に売り払ったもんだから、
手続きが要るのよ」
「お易い御用ですよ。……じゃあ、こちらは好きな様にして整理しておいて下さい」
 車を駈って植村の家に向かう草山の心は浮き立っていた。
 高嶺の花だった京子を手に要れる可能性が、現実のものと成ったのである。
(もうひと押し……そう、もうひと押しで京子は植村と離婚するぞ。監獄に入った男を何年も
待つ様な彼女じゃない。……それに経済面では、どうしても俺の助けが要るんだからな)
 草山はハンドルを切る手も軽く、車を植村の家の玄関に乗り入れる。
 思わず口笛でも吹きたくなる気分だった。
 主の居ない家はひっそりとして、玄関前に散らばる段ボールの破片や紐の切れはしに、終っ
たばかりの引越の痕を残している。
 鍵の掛かってないことを確めて、玄関の戸を開いた草山は、中へ向かって声を掛けた。
「住宅管理会社の方は居ませんか? 植村京子の代理の者ですが……」
 のっそりと中から現れた人影が、草山の視界に入る。……植村重夫だった。
 引き逃げ犯として監獄に入っている筈の植村が、目の前に居るのである。
 信じられないものを見る思いで、草山は思わず瞠目した。
「アッ……ど、どうして、こゝに!」
 質問するでもなく、口の中でブツブツ呟きながら、草山は一瞬、植村が脱獄して来たのかと
疑ぐった。
 しかし、小ざっぱりした身なりの植村の顔には、暗い影は微塵も無い。
「まあ上れよ。一週間程前に、やっと釈放されたんだ」
 植村は、くりと背を向けると横手の部屋へ入る。
(じゃあ京子は……植村と分れて引越を……それにしては、彼女は何も言わなかったし……)
 植村の後に従う草山の胸には、様々な臆測が渦巻く。
 畳の上にどっかりとあぐらをかいた植村は、目の前に小さく膝を揃えて座った草山を、ねめ
回す様に睨みながら、おもむろに口を切った。
「いやぁー、ひどい目に会ったぜ。過失致死罪にひき逃げが加わって、七〜八年はくらい込む
って警察で言われた時は、正直言って目の前が真っ暗になったよ。……でもな、捨てる神あれ
ば拾う神ありさ。死体解剖の結果が漸く出てな。……あの男の死因は、車に引かれたせいじゃ
なくって、高血圧症による脳溢血と分ったんだ。つまり、あいつは酔っぱらってたんじゃなく
って、発作を起して、半死半生で車の前に倒れこんで来たのさ」
 思いもかけぬ話に、聞いている草山もあっけにとられた。
 植村は、更に話を続ける。
「問題は、車にひかれたことが、どう影響したかだったんだが、解剖の所見では、発作が重く
て、どのみち助からないとあって、俺の刑期は一ケ月の拘留で帳消しになったって訳さ。……
もっとも、運転免許は取り消しになったがね」
「そりゃあ良かったじゃないか。……でも、それじゃ、どうして京子さんが引越しを……」
 草山は、知らず知らず、かすれ声になった。
「まあ、そう先を急ぐなよ。……そもそも今度の件で俺が警察に引っぱられたのは、警察に匿
名のたれ込みがあったからなんだ。……取り調べの時に、心当りは無いかって聞かれたが、俺
は黙ってた。……勿論それがお前だってことは、百も承知だったがね」
 植村は、煙草を片手にジーッと探る様に草山の顔を見詰める。
 思わず草山は視線を伏せた。
「同乗者が居たってことは、裁判になって、それが俺の有利になる場合は言う積りだったが、
事が巧く運んだんで、お前の名前は一切出してない。……だが、お前のしたことについては、
たっぷり埋め合せをして貰うぜ」
「埋め合せって……まさか、警察に……」
「馬鹿言え。警察に言ったって、お前も俺もお小言を頂戴するだけさ。……京子と相談したん
だが、この際、この家を売り払って借金を返し、皆でお前の家に移ることにしたんだ」
「じゃあ、……京子さんだけじゃなくって……」
「当り前さ。……それでお前が迎えに来たんじゃないか。もっとも、京子は適当に話を作った
だろうな」
 植村は、腰を上げながら草山を見下ろし、ニヤリとする。
 幸せの頂点から奈落の底に転落した思いで、ガックリと首を足れる草山は、植村に促されて
二人で車中の人となった。
「京子はな。お前にたらし込まれて、危うく俺と分れることまでも考えたそうだ。……お前が
警察に密告したことを聞いた時のあいつの顔ったらなかったぜ。……まあ、どんなことになる
か、楽しみにしてるんだな」
 ハンドルを握る草山の耳に、植村の声が響く。
 先程会った京子の笑顔の下に、何が隠されていたのか、想像するだけで草山の背筋に冷たい
ものが走った。
 草山の店の前は、もう荷物の運び入れを終ったと見えて、静けさを取り戻している。
 誰が掛けたのか、本日休業の札が店の入口に下がっていた。
「オイ、京子。……今着いたぞ!」
 店の土間に入るなり、植村は中に向かって声を張り上げる。
 階段を降りる足音と共に、京子と早苗の二人が続いて顔を揃えた。
「早かったわね。……それで、この人とは話は着いたの?」
 京子は、植村の後ろでオドオドしている草山の方に顎をしゃくった。
「話をつけるも何もないさ。……これから、たっぷり埋め合せをするって、宣言しておいた。
文句は言わせないぜ」
「そおぉ。……じゃあ承知してるのね」
 再び草山の方を向いた京子の瞳には、かっての高校時代を思わせる冷たい光が宿っていた。
「こっちへおいで。平公!……そう、そこへ土下座するのよ」
 草山はフラフラと進み出て、土間に降り立った京子の足元にへたり込み、両手を床に着く。
 それは、京子と草山の間が、今や十年前の状態に戻ったことを意味していた。
「頭が高いわよ!」
 京子の足が、草山の後頭部に掛かり、彼の額をぐいと床に押し着ける。
「お前はね、私の主人を、警察に密告したのよ。卑劣極まりない行為だわ。……しかも、それ
を隠して私に近付いたうえ、ヌケヌケと、植村と別れて結婚して欲しいとせがんだわね。……
私も思わず騙されて、お前との結婚を本気で考えたわ。……本当に危ないところだった。……
平公、お前聞いてるの?」
 女の足が、草山の頭をこずく。ウウッと呻き声が彼の口から洩れた。
「私はお前を決して許さない。お前は一生掛かってこの埋め会わせをするのよ。……この家も
私達の名義にして、お前は奴隷として私達に仕えるのよ。いゝわね!」
「ウッ……は、はい」
 くぐもった声の返事が、京子の足の下から返って来た。
「考えてみれば、十年前に、お前は私に散々汚された身だったわね。……いってみれば、一旦
検尿に使われたコップが、水洗いされて、再び食卓の上に出て来た様なものだわ。……二度と
食卓の上に上ってこれない様に、これからは毎日、汚し続けてやる……いゝわね!」
「…………………」
「今日はバレンタインデー。……この前、お前に約束した様にプレゼントを上げるわ。そこに
仰向けに寝て、目をつぶりなさい」
 言われるまゝに土間に横たわった草山は、高校時代の、あのバレンタインデーのことを思い
出していた。
「口を大きく開けるのよ。……そうそう、目は瞑ったまゝよ」
 草山の閉じた目の奥には、十年前のこの日の情景……京子の足指に挟まれたチョコレート…
…が、くっきりと浮ぶ。
 たっぷりと唾にまぶされたチョコレートの塊りを、女の足から食べさせられた屈辱は、彼の
心に深い傷を残していたのである。
 その傷口が再び開かれる……あゝ、もう少しの所で彼女と結婚出来たのに!
 やるせない思いが、彼の胸を一杯に満たした。……ところがである。
 プンと覚えのある臭いが鼻を突き、突然、彼の顔面には豊かな肉塊が押し着けられる。
 ハッとして開いた目の前には、女の黒い繁みが拡がっていた。
 昔、何度もされた様に、彼女の股間に顔を敷かれたことは直ぐ判った。
 かっての様に、アヌスへの接吻を強要されると考えて閉じようとした彼の顎に、女の尻丘か
らぐっと圧力が掛かる。
 同時に、大きく開いたまゝの彼の口の中で、彼女のアヌスからプスッとガスが炸裂した。
 同時に、ヌルッとした固体が彼の口の中に落ちる。
「フフフッ、私の特製チョコレートの味は如何が?……お前にふさわしいバレンタインデーの
贈り物よ。クックックッ」
 京子の含み笑いが彼の耳に届くと同時に、新しい大きな塊りが、ニュルニュルとばかりに彼
の口中に押し込まれた。
 しつこい臭みと、えぐい渋味が口中一杯に拡がる。
 漸く、彼女に大便を食べさせられている事に気が付いて、彼の顔は屈辱で火の様に燃えた。
 思わず女の尻の下で身もだえする。
 しかし、京子の尻の重みは彼の口を閉ざす力を奪い、手足は何時の間にか、しっかりと誰か
に抑えられている。
 恐らく植村と早苗が協力しているに違いなかった。
 咽喉の詰る息苦しさに耐え兼ねて、涙を飲んで、その粘っこい塊りを嚥下する。
 途端に、次の塊りが、ガスと共に口中に放出された。
 草山の咽喉が大きく動き、その度に汚物が次々と胃の中に送り込まれる。
 と、胃のあたりが大きく痙攣して、強烈な吐気と共に、汚物が逆流しかけた。しかし、それ
も、新たに飲み下された塊りと共に、再び胃の中に戻される。
 容赦無く次々と口中に排泄される塊りを、苦しげな呼吸と共に、懸命に飲み込む草山の顔は
何時の間にか深紅に染まっていた。
「おうおう、女のクソを食べさせられてよぉ……情けない男だな。これでも人間かよ!」
「もともと、お姉さんの奴隷だった男でしょう?……それがこれからは、奴隷兼便器になるだ
けじゃない。……でも、これも自業自得よね」
 この植村と早苗の会話に、排便中の京子が加わる。
「案ずるより生むが易しね。こいつ、全部吐き出すんじゃないかと心配したけど、結構食べる
わね。初めてにしては上出来だわ。……でも良い気味! スーッとしたわぁ。これからは毎朝
食べさせてやるわ」
「早苗ちゃんも、どうだい。やってみないかい?」
 植村がけしかける。
「エーッ? 私が? とっても出来ないわ。……でも、折角のバレンタインデーだから、やっ
てみようかしら?」
 漸く排便の動きが静まって、気が落着き、口中の残渣を唾と共に飲み込んでいた草山の耳に
届くその三人の会話は非情なものだった。
 これから毎日、この屈辱を経験させられるのかと思うと、気も狂わんばかりである。
「平公、あと奇麗に舐めるのよ。……そうそう、それでいゝわ。御褒美にあとでオシッコを飲
ませて上げるからね。フフフ……それに今晩は、私達夫婦の慰みものにしてやるからね。勿論
セックスの後始末もするのよ。……それからね、ウフフッ、早苗が自分のセックスの処理に、
お前の舌を使うそうよ」
 京子の尻の下でこれを聞く草山に、勿論反抗の気力は無い。
 これからの、長い長い屈従と転落の生活を前にして、ただ、深い諦めと絶望に身を委ねるば
かりだった。
〔完〕
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1987年10月スピリッツ10月号
マドンナメイト文庫[黒い爪先]に「バレンタインの生理綿啜り」として収録
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2010/07/20