#53転落のナイトクラブ(前編− Falling at Night Club)
                     阿部譲二

仕事のミスで営業部長を首にされた男が、いつも接待で通っていたバーに行き、想いを掛けていたママに家へ誘われる。しかし驚いたことにそこには取引先の専務が来ていて彼の背任行為を指摘する。弱みを握られた男は専務とママの情事に舌で奉仕させられる。その後、バーで女達に嬲られたうえSMショーに出演させられた男は舞台で女の便器にされる

 前部長の里見九郎は、近頃よく酒を飲んだ。
もともと酒好きである。それも食べながら飲むのが好き
なので、どうしても肥満気味になった。
 妻の弥生が生きていれば、そんな里見をたしなめて、
毎日の献立に彼女の言う栄養のバランスをとってくれた
ことだろうと思う。
 しかし、その妻も三年前に交通事故で無くなり、子供
の無い彼は、侘しいアパートの独り暮しだった。
 そんな里見が先月、SS貿易の営業部長を突然くびに
なった。
 理由は、一年前から計画されていた中近東との大口の
取引が、湾岸戦争のため急にキャンセルになり、莫大な
損失を会社が蒙ったからである。
 通常は、大きな取引には必ず保険を掛けた。
 しかも、カントリー・リスクの大きい開発途上国との
取引きでは、天災と戦争の場合もカバーされる、所謂、
フル・インシュアランスを選ぶことが多い。
 当然、目の玉が飛び出る程の高い保険料を払う。
 ところが、今度の取引の保険契約には、どうしたこと
か手違いがあって、天災と戦争が免責される条項が入っ
ていたため、保険金が出なかったのである。
 保険契約の署名はいつも営業部長である里見と、その
上司の古山取締役が連名で行っていた。
 運の悪いことに、その取締役が、先月病死した。
 結局、保険契約のミスはすべては里見の責任にされ、
四十二歳の身で部長を外されて顧問に格下げになった。
 いままで、ふんだんにあった接待費も、途端にゼロに
なり、場末の一杯飲屋で、ウサ晴らしするほか無い。
 しかしその夜は、つい、七丁目の方へ足が向いた。
 くびになる前は、殆ど毎晩の様に入りびたっていたク
ラブ「清楽」のすぐ近くまで来た。
 ホンの一ケ月ほど前のことなのに、自分がこの店に通
ってたのは、遠い昔のような気がする。
 しかし、ママの相模夏子の顔が、目の前にチラつく。
「惚れた弱味かも知れんな……」
 里見は口の中で呟いた。
 美人で商売のうまい、感じの良い女であった。
 が、それだけである。いつも親切で、男の心をくすぐ
る様な応対をしてくれた。
 たしかに、あれは一種の媚態であろう。……そうは言
っても、とても商売のためだけとは思えなかった。
 だから、仕事にかこつけて、里見は半年余りもの間、
通いつめたのである。
 しかし、接待費が無ければ、こんな高級クラブで飲む
のは彼の給料では到底無理だった。
「まあ、いいさ!」
 里見は、自分を元気ずける様に口に出して言い、地下
一階の「清楽」への階段を降りた。
 ちょっとだけママの顔を見て声を掛ければ気がすむ。
もしかしたら、今迄のよしみで……との期待があった。
「いらっしゃいませ!」
 クローク係の男が張りのある声で迎える。
 すぐ奥から、ホステスの女の子が飛び出して来た。
「マーッ、おめずらしい! 里見さん。……里見部長さ
んじゃありませんの?……」
 女の子は、後の言葉を飲み込んでジーッと彼を見詰め
る。なじみの子だが、彼の好きなタイプではなかった。
「里見さん。……営業部長をお止めになったんですって
ね。……それで、今日は?」
 黙っている彼の前で、女の声の調子が冷やかになる。
畜生! 会社の奴が、余計なことまで喋りやがって!
……それにしても、現金なもんだな。急にヨソヨソしく
なるとはな……
 里見は、心の中で呟いたが、出来るだけ平静を装って
なにげない調子を保つ。
「ウム。近くに来たもんだから、ちょっとママに挨拶し
とこうと思ってね……」
「一寸、お待ち下さい」
 女の子は、ひっこんだきり中々出て来なかった。
 その間にも、三々五々と客が来て彼の横をすり抜け、
ボーイに案内されて中へ入って行く。
 何だかみじめになって、そのまま帰る気になったとこ
ろへ、ママが出て来た。
「マーッ、里見さん。……本当にお久し振り!」
 張りのある声で驚いてみせる。
 いつもの様に部長さん≠つけて呼ばない所がミソ
だった。
「ウン。……一寸、挨拶だけと思ってナ……」
「マアマア、他人行儀な!……ササッ、どうぞ中へお入
りになって」
 夏子は、里見の肩に腕をからめる様にして、中へ押し
やった。プーンと懐しいニナ・リッチの香りがする。
 案内された席は、里見が今迄座ったことの無い入口に
近い一番悪い場所だった。
 女の子の声で、ママは、そのまゝ奥のグループ客に愛
想を振り撒きに行き、里見は一人で残される。
 ヘルプのホステスもつかず、彼はボーイの運んで来た
オシボリで顔を拭くと、フテくされた様に氷水のグラス
を何回も口に運んだ。
「御免なさーい。……ひとりでほっといて」
 暫くして、漸くママが来て隣りに座った。
 腰をピッタリと寄せて、かいがいしく目の前で水割り
を作る。ガラスの棒でシェイクすると、慣れた手付きで
グラスを里見の前に置いた。
「待たせたお詫びに、今夜のお勘定はお店で持たせて頂
くわ。……それに、今夜は里見さんに折入ってお話しが
あるの」
 艶めかしい女の仕草に、思わず相好を崩す里見の耳に
口を寄せたママは、香ばしい息と共にソッと囁いた。
「ここではなんだから、今夜、私のアパートへいらっし
て?……今日は早仕舞の日だから、このお店でお待ちに
なってね」
 ママが席を立ちぎわに、膝の上で手に握らされた紙を
見ると岩竹寿司≠ニある。そばに店の場所の略図まで
添えてあった。
 水割りのお代りまでして、軽い足取りでクラブ清楽を
出た里見は、信じられない程の幸運に心が踊る。
 これまで通い詰めてもサッパリ反応の無かったママの
夏子が、漸く自宅のアパートに呼んでくれたのである。
 思わず彼女のボリュームのある胸や腰が目に浮かび、
頬の筋肉が緩む。同時に股間が熱くなった。
 それから数時間して、岩竹寿司でママと落会った里見
は腹ごしらえして彼女のアパートに向かう。
 思ったより大規模なデラックス・マンションで、エレ
ベーターの中まで凝った装飾がしてあった。
 高鳴る胸の鼓動を抑えて、夏子の後に従って部屋の中
へ入った彼は、その豪華さに目を見張った。
 スペースをたっぷりとった間取りもさることながら、
各部屋には高級家具が並び、あちこちに飾られた絵画や
置物も値打ものばかりである。
 しかし里見を文字通り仰天させたのは、彼女に招じ入
れられた居間に、意外にも男の先客が居たことだった。
「紹介するわ。……こちら、大協保険の山崎専務さん。
……アラ、びっくりなさって? ウフッ、黙ってて御免
なさい。……専務さん、仰せの通りSS貿易の里見さん
をお連れしたわ」
 大協保険と言えば、里見が営業部長のポジションを棒
に振った原因の、中近東との取引の保険を結んだ当事会
社である。
 以前に先方の担当者から、山崎専務の名前を聞いたこ
とはあったが、里見としては初対面だった。
 里見より若い三十代半ばで、如何にも女好きしそうな
苦味走った美男子である。
「やあ、突然来て頂いて恐縮です。……御社の亡くなら
れた古山取締役とは、以前から御交際させて頂いてまし
たので、里見さんのお名前は承知してました」
 ショックから醒めやらぬままに、ソファーに座って話
を聞く里見の頭は、未だ混乱している。
 くつろいだ部屋着に着替えた山崎と、いそいそとその
世話を焼く夏子ママの様子から、二人の関係が深いこと
は明らかだった。
「ところで、先日、里見さんの口座に振込んだ金額は、
あれで間違いありませんでしたか?」
 山崎専務は、里見にとって意外なことを言い出した。
「私の口座に振込み?……それは、一体どういうことで
すか?」
 一切、身に覚えの無い里見だった。
「とぼけないで下さいよ。……ソラ、あの御社の中近東
との取引に掛けた保険金の掛金の差額ですよ」    
「な、なんですって?」
「SS貿易の海外向けの取引には、うちが保険を掛けさ
せて貰っていますが、いつも証書は免責条項入りです。
しかし保険の掛金はこの免責条項を除いたものとして余
分に頂き、その差額を古山取締役を通じて貴方に払って
来たんです。……今回は古山さんが亡くなられたので、
直接、貴方の口座に振込んだという訳です」
「そ、そんな馬鹿な! 私は古山取締役から金を受取っ
たことなど一回もありません。……今度だって、私の口
座に振込むなんて、もっての外です!」
 顔を真っ赤にして弁明する里見だった。
「ホー、それは意外でしたね。……それじゃ、犯人は古
山さんかな? でも、死人に口無し。……警察は、貴方
を疑いますね。だって、現実に、貴方の口座には金が振
込まれている。……貴方は営業部長の地位を利用して、
長年、保険掛金をピンはねしてたことになる」
「け、警察ですって?……誰が、一体……」
「私は、勿論警察に密告なんかしませんよ。……だけど
ここで、一部始終を聞いてしまったママはどうかな?…
…なあ、夏子。お前だったらどうする?」
 山崎は、ニヤニヤ笑いながら、夏子ママを振返った。
「アラアラ、とんだところで、私、里見さんの弱味を握
ってしまったわけね。……もし私が口をすべらしたら、
一体どうなるのかしら?」
「多分、特別業務背任罪と収賄罪で、十年から十五年の
懲役ということになる。……これは、今日、会社の弁護
士に確めて来たんだ」
「マア、可哀そう!……じゃあ、私は、里見さんから、
たっぷり口止料を頂けるってわけね」
 夏子は、如何にも楽しげである。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。……金なら、さっき口座
に振込まれたと聞いた分を、そっくりママに渡す。……
それで足りなかったら、幾らでも相談に乗る。……と言
っても限度はあるが……」
 いささか慌て気味の里見が、せきこむ様に言う。
「お生憎様、お金はいらないの。……それより、私に個
人的にサービスしてくれる方がいいわ。…そうね、私が
自分の意志のままに使える召使……と言うより、奴隷と
言った方がいいかしら。……里見さん、貴方そんな役割
は如何が?」
「………………」
「黙ってらしてるとこをみると、私の意志に逆らえない
ことが、お分りなのね。……これで、決まりよ。じゃあ
里見さんは、たった今から私の奴隷。……どんなことで
も命令に従うのよ。クックックッ」
 夏子は、おかしげに含み笑いを洩らす。
「オイオイ、俺のことを忘れちゃ困るぜ。……今夜は、
たっぷり二人で楽しむ筈だろう?」
「勿論よ。……里見さんは、今夜の私達のセックスの慰
みものになって頂だくわ。……アラ、里見さんだなんて
奴隷をさん≠テけで呼ぶのはおかしいわね。……そう
だわ。お名前が九郎だから、クロと呼ぶことにしましょ
う。……ウフッ、まるで犬なみね」
 それは、里見にとって、生れて初めて味わう目も眩む
程の屈辱だった。
 思いを掛けたナイトクラブのママに、弱味を握られ、
奴隷にされた挙句、情夫の前で嬲られるのである。
「最初は、自分の新しい身分を思い知らせてあげる……
山崎さんは恋人、お前は奴隷。……その差がどんなに大
きいものか、今夜はここでたっぷり味わうのよ」
 夏子の口調が急に横柄になり、これまでの客としての
扱いから一転してお前≠ニ蔑まれる。……その落差に
一瞬、茫然としたものゝ、里見は奴隷に転落するわが身
を初めて実感するのだった。
「クロ、ここで今すぐ裸におなり。……そして、私達の
前で犬の様に四つ這いになってごらん!」
 ショックで熱くなった頭では、最早、正常な思考は望
めない。里見は、まるで催眠術に掛かった様に、素直に
夏子の命令に従った。
「パンツも取るのよ。……そうそう、それでいゝわ。…
…プフッ、お前にお似合の恰好だこと! クックック」
 全裸で、四つ這いになって首を垂れた里見のみじめな
姿に夏子は思わず噴き出してしまう。
「せっかく犬らしくなったんだから、本当は首輪を嵌め
ればいいんだけど、生憎用意してないの。……だから、
代用品で済ませるわ」
 夏子は、戸棚から細紐を取り出すと、里見の股間をま
さぐり、一物の根元を括るとその端を握り、ニヤニヤ笑
いながら、それを軽く手元へ引いた。
 股間のものが、彼女の手の動きに応じて、前後にブラ
ブラ揺れる。それを尻目に見ながら、夏子は山崎と腕を
組んで隣りの寝室へ向かった。
 女に股間の紐を引かれて、その後を四つ這いで追う里
見は、我ながら情けなさに胸が詰まる。
 居間に劣らず豪華な寝室の中央に、華やかな色彩の天
蓋が付いたダブルベッドが置かれてあった。
 里見はその裾に腰掛けた二人の前に引き据えられる。
「こいつね、営業部長だったころから、私の身体におぼ
し召しがあったと見えて、しげしげとクラブに通って来
たわ。……だから今夜、私がこのアパートへ呼んでやっ
たら大喜び。……きっと、期待に胸……じゃなくてこの
ブラブラするものを膨らませてたに違いないわ」
「フフフ、そりゃ気の毒したな。……思いも掛けず奴隷
に転落ってわけだ」
「もともと身の程知らずなのよ。……私の身体を望むな
んて! いいわ。今夜は、うんと見せ付けてやるから。
……ホレ、お前は、ここを膨らませて悶えていな!」
 夏子の手が紐をツンツンと引く。
 里見の顔は屈辱で赤く染まったが、股間のものは彼の
意志と関係無く、みるみるその容積を増した。
「でも、見せ付けるだけじゃ面白くないぜ。……身分の
差をこいつの頭に叩き込むには、二人でうんと嬲ってや
らなくっちゃ」
「分ってるわ。……思いっきり辱しめて、人間の資格を
剥ぎ取ってやる!……ソラッ、クロよ。手初めにここに
キスしてごらん!」
 夏子は、ベッドの上に座ったまま膝を立てゝ、股間を
大きく開いた。
 スカートがめくれて、黒いフリル付きのパンティーに
包まれた量感のある白い太股が、下から見上げる里見を
圧倒する。
 夏子は、腰を揺すってパンティーをずらし、白桃の様
な尻を覗かせると、彼の目の前に露出したピンクの菊座
を指差した。
 流石にたじろぐ里見の股間の紐がグイと引かれる。
 飛び上がる様な痛みに、思わず上体が女の方へ前のめ
りになったところを、夏子の手が里見の髪を素早く鷲掴
みにした。
 彼の顔が、そのまま彼女の股間へ押し付けられる。
 ムッとする生臭い香りが鼻を突き、ネチャッとした菊
座の粘膜が彼の唇を捉えた。
 表現し難い程の激しい屈辱感と不潔感とで、里見の全
身に痙攣が走る。
「しっかりキスしなさい! そして、そこの汚れの味を
よく頭に刻み込むの。……そうそう……如何が? 奴隷
のキスの味は? クックックッ」
 渋い苦味が里見の口中に拡がり、無念さに目が眩む。
「ホラ、そのままで上を見て御覧。……ホラ、これが、
恋人のキスよ!」
 汚辱に咽ぶ里見の視線の中に、山崎と唇を合せる夏子
の顔がボーッと霞んで写る。
 その間にも、夏子は片手で尻割れを押し開きながら、
もう一方の手で里見の頭を強く引き、いきみつつ膨らん
だ菊座で繰返し男の唇を蹂躙した。
 いったん汚辱の底に深く沈められると、人間は立ち直
る気力を失うものである。……それに、悪夢から醒める
暇を与えられなければ、そのまま際限無く悪夢にのめり
込んでしまう弱さがある。
 夏子に精神を凌辱された里見は、意志を失った人形さ
ながら、そのあとも次々と彼女の辱めを受けた。
 ベッドの上に引き上げられ、仰向けに寝かされた里見
の顔の上で二人の性器が結合する。
 彼女に命じられるままに、その結合部を舌で舐め続け
る里見の姿は、まさに人間の資格を剥ぎ取られ、奴隷へ
転落した男のそれであった。
 里見の顔の上で頂点を迎えた二人は、暫く余韻を楽し
んだあと、彼に後始末を強いた。
 先ず、生臭い肉棒が彼の口腔に差し込まれ、次いで、
女の膣孔がピッタリと里見の口を覆う。
 ねっとりとしたラブジュースが少し宛、時間を掛けて
彼の咽喉に流れ込んで行った。
 一段落して、ベッドから蹴り落された里見の顔の上に
夏子が再び尻を乗せる。
「口を大きくお開け!……お前にふさわしいものを飲ま
せるからね。……一滴でも零したら承知しないよ!」
 夏子の声に、その尻の下で震えながら待つ里見。
 その口腔にポタポタと臭味のある汚水が落ち、直ぐに
連続した水流となった。
 ゴクリゴクリと咽喉を鳴らして、それを飲み下す里見
の耳に、二人の楽しげな会話が虚ろに響く。
「これだけ辱しめてやったら、こいつ、二度と俺達の顔
をまともに見られないだろうな」
「そうね。でも、じきに効果が薄れるわ。……やはり、
繰返さなくちゃ駄目よ。……当分、私達のセックスの度
に、毎週こいつを使うことにしましょう。一年もすれば
身も心も私達の奴隷になるわ。……でも、それだけじゃ
つまらないわ。……私、こいつをお店に連れて行って、
女の子達の前で生恥をかかせてやる。……きっと面白い
わよ!」
 我が身の転落が更に続くことを知って、女の尻の下で
汚水を飲まされている里見の身体が、おこりに掛かった
様に小刻みに震え出すのだった。
(続く)
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1992年4月スピリッツ4,5月号
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2010/07/09